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君と初めての帰り道



ぐらり。
足元が揺れたと思った途端、相棒が叫んだ。

『もう一人のボク! 地震だよ! 早く机の下に避難して!!』
「慌てすぎだぜ、相棒。これ位ならすぐ収まるだろ?」
『ダメだよ!地震っていきなりドーンと大きいのが来るんだから!』

早く早くと急かされて、オレは仕方なく近くの机の下へと潜り込む。
――とほぼ同時に、オレ達だけだった教室のドアが勢いよく開いた。

「………あ」
「あ」

お互いそう口にした後、入室者は明らかに笑いを堪えてうずくまったままのオレを覗き込む。

「何してんの、遊戯。かくれんぼ?」



「へぇ~。遊戯って地震が苦手だったんだ」

にんまりと小鳩が口の端をつり上げる。いい物を見たと言わんばかりだ。

「ち、違うぜ! 相棒が隠れろと言ったから」
「誤魔化さなくてもいいよ。別に言いふらしたりしないし。王様も可愛いトコあるじゃない?」

ひらひらと手をやると、相変わらず楽しげな笑みを浮かべたまま帰り支度なんかを始め出す。
「もう一回あるかもね~。地震って続くし。……ねえ遊戯、一緒に帰ってあげようか」
小鳩、あのな……」

にやりと再びからかうような笑顔。オレの言う事なんか全くと言っていいほど耳に届いていない。
どうやらすっかり“地震に弱いファラオ”のレッテルが貼られたらしい。
その様子に、オレは頭を抱えずにいられなかった。

『ご……ごめんね? もう一人のボク』
(相棒……。声が笑ってるぜ)
『だって、キミが小鳩ちゃんに一言も言い返せないなんて、ちょっと可笑しくて』

……誰の所為だと思ってるんだ。
笑いを堪える相棒を呆れ半分で軽く睨んで、苦笑いする。
入れ替わってフォローのひとつもしない辺り、本当に悪いと思ってるのかすら怪しい所だ。
恐らく小鳩にとっても、笑わずにはいられないくらい意外な光景だったんだろう。
なんだか上機嫌になった気さえする。



「げーっ! マジかよこの大雨!!」


オレがひとつ溜息ついた直後。ばたばたと慌しい音がして、またしても大きくドアが開いた。

「あれ?お前等まだ居たの?」

飛び込んでくるなり、城之内くんはオレ達の姿に目を丸くする。

「アンタね~、待っててもらってそういう事言うか?」
「は? マジで? 柚原もオレ待ちしてたのかよ」
「私は部活。何で私まで城之内の居残りに付き合わなきゃいけないわけ」
「こっちだって頼んでねぇよ」
「お疲れ、城之内くん」

露骨に眉を顰めた小鳩を見て、思わず吹き出しそうになった。
仲が悪い訳じゃないだろうが、この二人が揃うと何故か言い合いになる。
多分、気質が少なからず似ている所為だろう。


「あー、びびった。地震やら大雨やら続くから、マジで柚原が待ってた所為だと思っちまったぜ」
「どういう意味よ……って、え、大雨!?」
「ああ、朝から曇ってたが、とうとう降ってきたんだな」

窓の外に目をやると、確かに叩き付けるような雨がとめどなく降り続いていた。
時々雲の間が光り、間髪いれずに激しい雷鳴が鳴り響く。台風でも来ているかのような嵐だ。
暫くその光景を眺めてから、ハッとして振り返った。

小鳩、お前もしかして傘持ってな……」


――――いない。


薄暗い教室の中にはオレと、同じ様にあたりを見回す城之内くんだけしかいない。
ほんの僅かな間に小鳩の姿が消えている。机の上には、片付け途中の鞄が置きっぱなしのままだ。

小鳩!?」
「あっ、おい遊戯。下、下!」

何処に行ったのかと声をあげたオレに、城之内くんが足元を指差した。
それを追って机の下を覗き込むと、そこには必死に耳を塞いで小さくなっている小鳩の姿があった。



「………小鳩?」

遠慮がちに肩を叩くと、びくんと体ごと大きく跳ね上がる。
恐る恐るこっちを見上げた小鳩の目は、心なしか潤んでいるようにも見えた。

「……何、してるんだ?」

悪いとは思いつつも笑いを堪えて聞くと、小鳩は顔を真っ赤にしながらも


「………か、……かくれんぼ……?」


精一杯、強がって見せた。
それがやけに可愛く見えて、堪えきれずに肩を震わせると、案の定小鳩からきつい視線が向けられる。

小鳩、もしかして雷が怖いのか?」
「~~~~~~~っ!」


ぐっと言葉に詰まる彼女に、ついつい意地悪な笑みを浮かべてしまう。
さっきのお返し、とばかりに。


「どうする? 雷ならまだ鳴ってるみたいだぜ。……何なら一緒に帰ってやろうか?」


そんなオレを見て相棒が少しだけ心の中で苦笑したが、あえて何も言わなかった。
やがて小鳩が拗ねたようにオレを見上げて、雨音にかき消されそうな程の小さな声で、呟く。


「……オネガイシマス……」




帰り道。
オレの腕にしっかりとしがみ付く小鳩を見ながら、このまま暫く雨が降り続けばいいと思った事は、



―――――勿論、口にしなかった。




君と初めての帰り道


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