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例え、今日終っても


「ハッピーバースデー遊戯! はいコレ、プレゼント」
「こっちはオレと本田からな」
「遊戯くん、ボク達からも」
「うわあ、有り難うみんな!」


差し出される綺麗な包みを嬉しそうに受け取る相棒を見て、“もう一人”の遊戯はようやく今日が何の日なのかに気が付いた。
(そうか……。相棒、今日が誕生日だったんだな)
遊戯と城之内を中心に、バースデーデュエルだと盛り上がる教室を眺めつつ、“もう一人”の遊戯――正確には千年パズルに宿る古代エジプト王の魂だが――はぼんやり思う。
(誕生日か……。相棒、嬉しそうだな)
記憶喪失である彼には、当然の事ながら誕生日など覚えがない。
何処となく引け目を感じて、遊戯はわずかに視線を外した。


「おっはよ~ん。……あ、何々? 朝からデュエル?」

明るい声に顔を上げると、パタパタと駆け寄る姿が目に入る。

「おはよんじゃねえよ、柚原。なに堂々と遅刻してんだ」
「おハヨ。重役出勤だね、小鳩ちゃん。HRとっくに終わっちゃったよ」

城之内が呆れて振り返ると、獏良も笑いながら声をかけた。
それに対し、当の本人は上機嫌でこちらを向くと、何やら小さな包みを取り出した。

「これ作ってたら遅くなっちゃって。ハイ遊戯くん、はぴばすで~」

手の平サイズのそれは、どうやらカップケーキのようだった。
お礼を言って受け取ったものの、小鳩の言葉に思わず全員目を丸くする。

「って、わざわざ朝作ったの!?」
「うん、やっぱこういうのは出来立てがいいでしょ?」

時間をさっぱり気にしない小鳩に、相棒の心の内で遊戯は小さく噴き出した。
柚原小鳩は進級時のクラス編成からよくつるむようになったのだが、彼女のマイペース振りにはいつも驚かされる。
自由気ままで、掴み所がない。
だが意外にもそういった所は、遊戯の気に入っている部分でもあった。
その小鳩が、じっと此方を見つめているのにふと気付く。


(な、何だ?)
有り得ないとは思いつつも、相棒の体を通して自分を見ている気がして、何だか落ち着かない。
千年パズルやそれに宿るもう一人の遊戯の事は、既に小鳩には話してあるし、その事に関してはマイペースな彼女らしく、さして動揺もしなかったのだが。
(時々、ああいう目をするんだよな)
表面ではなく、内面を見ようとする様な。
まさか自分の姿が見えているとは思えないが、代わりに先程までの勝手な疎外感を見透かされている気がする。

「あの、小鳩ちゃん。ボクの顔なんかついてる……かな?」

遅ればせながら視線に気付いた相棒の遊戯が首を傾げると、小鳩はパタパタと手を振った。

「ううん、何も付いてないよ。……あ、先生来ちゃった」
「げっ、ヤベエ!カードしまわねえと!」

慌てて広げたカードを集め出す城之内に、
「没収されないようにね~」
などと笑いながら自分の席へ戻っていく。
(何だったんだ…?)
僅かに跳ね上がった鼓動を気にしながら、遊戯はその後姿を見送った。




プルルルル!


「うわっ?!な、何々?!」

突然の音に、遊戯は慌てて枕元の目覚し時計を手に取った。

『相棒、それじゃない。電話だ』
「え、電話? こんな時間に?」

時計の針は11時半を過ぎようとしている。
丁度眠りに落ちかけていた為、寝ぼけている相棒の代わりに遊戯が鳴り続ける電話の受話器を取った。

「はい、武藤ですが」
『遊戯くん? ゴメン、寝てた? 小鳩だけど』
小鳩!?」

意外な相手に思わず目を丸くする。
うっかり上げてしまった大声に、周りを見回すと声をひそめた。

「どうしたんだ、こんな夜中に」
『あ、その口調はもう一人の遊戯くんだ! 丁度良かった。ねえねえ、今から出てこれる?』
「今から?」
『うん、家の前まででいいんだけど。今そこに居るから』

その言葉に慌ててカーテンを開け、窓から顔を出すと、それに気付いた小鳩がこちらに向かって手を振ってくる。
どうやら携帯でかけてきたらしい。

小鳩! 危ないだろう、こんな時間に……!」

階段を駆け降り、ドアを開けると同時に叫ぶと、小鳩が唇に指を当てて悪戯っぽく笑った。
「しー、しーっ。遊戯くん、“こんな時間”だよ」
「あ……」

今更ながらに手で口を抑える。

「そ、それより何か用事があったんじゃないのか?」

遊戯が話を促すと、小鳩はこっちこっちと近くのガードレールに呼び寄せた。
高さはともかく、もともと座るための物ではないので座り心地は悪いが、他に適当な場所も見つからないので仕方ない。
寄りかかる程度なら問題はないからと、遊戯の隣に小鳩も落ち着く。

「ギリギリになっちゃってゴメンね~。なかなか気に入ったのが出来なくて」

そう言って持っていた紙袋から、まだほのかに温かいカップケーキを取り出した。
恐らく朝と同じで作り立てなのだろう。


「ハッピーバースデー、遊戯くん!」

小さなバースデーケーキにキャンドルを1本立てると、満面の笑みを向ける。
(誕生日……)
楽しそうに火を灯す小鳩とは逆に、遊戯は少々顔を曇らせた。

小鳩、気持ちは有り難いが、今日誕生日なのは相棒の方で……」
「ねぇ遊戯くんさ、携帯買おうよ。夜は遊戯くんが出るって知ってても家電にかけるの気まずいんだけど」

申し訳なさそうに切り出すが、小鳩はそれには答えず袋から更にカップケーキを取り出し始める。
それ所か、火を付け難いからひとつ持ってて、と手渡してくる始末だ。

小鳩、オレの話を……」
「じゃあ聞くけど、こっちの遊戯くんの誕生日っていつなの?」

言葉を遮って、だがその割にはきょとんとした表情でこちらを覗き込む。

「いや、それは……わからない」
「じゃ、今日にしちゃおうよ」

作業を再開しながらさらりと返され、遊戯は思わず絶句した。


「キミが今“武藤遊戯”くんである事に変わりはないんだから」
“でしょう?”


有無を言わさぬ笑顔に、ためらいながらも遊戯がつられる。
どうして、と思う。

(どうして小鳩の言葉は、こうも特別なんだろうな)
まるでそれ自体が力でもあるかのように、直接心に染み込んで。
あやふやな自分という存在を、しっかりと意識させてくれる。
(くだらない事で悩んでいたんだろうな、オレは。……きっと)


きっと小鳩に言えば笑い飛ばされるに違いない――……。



2つの小さな灯りの向こうで、小鳩が携帯のディスプレイを見る。

「あっ!? 大変、遊戯くん! 後5分切っちゃったよ、早く早くっ」

突然焦った声をあげられ、遊戯は目を丸くして聞き返した。

「早くって、何をだ?」
「ん~とね、お願い事しながらろうそく消すと叶うって言うあれだよ」

どちらかと言えば小鳩がやりたいのだろう。何処かうきうきした雰囲気が伝わってくる。

「……迷信だろ?」
「あ、夢がないなあ。いいの。こういうのは気持ちなんだから。要は自己暗示だよ」
そこまで言ってしまうと、これもまた夢がないが。

「ほらほら、時間過ぎちゃうよ」

小鳩に急かされ、戸惑いながらも手の中のカップケーキを顔の近くへと持ち上げる。
(敵わないな、小鳩には)
何だか信じてみようかという気にさせられる。


「……いつまでもみんなの仲間でいたい」

小さな灯りが吹き消され、闇の中、小鳩の持つキャンドルだけが柔らかな光を保つ。

「お願い事は普通、口には出さないんだよ」
「ああ、次はそうさせてもらうぜ」

光の向こうで笑う小鳩に片目を瞑ってみせると、もうひとつのカップケーキを指差した。

「迷信だって言ってたくせに~。欲張ると叶わないよ」
「要は気持ち次第なんだろ?」

呆れた様に肩を竦めて、それでも何処か嬉しそうに、遊戯へとキャンドルを差し出す。


(どうか……)


キャンドルの光を通してそっと小鳩を盗み見ると、小鳩は目を細めてその光を見つめていた。
それにつられる様に目元が優しくなるのを感じながら、残るひとつの灯りに願いをかける。



(どうか小鳩の心に、ずっとオレが居られる様に……)

例えいつか、有るべき所に帰る事になったとしても。



「叶うといいね、2つのお願い」

まあひとつは確実だけど、と立ち上がりながら小鳩が笑顔を向けた。
「ああ。……そうだな」
それを見ながら頷くと、自分もゆっくり立ち上がる。

小鳩、今日は有り難う」
「今日って言うか、昨日になっちゃったけどね」
小鳩、揚げ足を取るな。……感謝してるんだぜ」

時間の表示された携帯のディスプレイを見せる小鳩に、小さく肩を竦めた。それに対し、ちらりと舌を覗かせると、
「いいのいいの。私の自己満足だもん」
とひらひらと手を振る。
意味が分からず眉を寄せる遊戯に、小鳩は照れているのか2・3度自分の髪を撫で付けると、こちらに向き直った。

「私が、どうしてもキミのお祝いをしたかっただけだから」


えへへ、と誤魔化す小鳩の顔が、月明かりの中でも赤く染まっているのかわかる。

「それじゃ、また明日学校でね!」
小鳩!」

踵を返しかけた小鳩の腕を、とっさに捕まえた。
恐らく驚いたのは、小鳩よりも引き止めた遊戯自身だっただろう。


「あ、すまない」

腕を離すと、急いで次の言葉を探す。迷った末に顔を上げると、小鳩の視線とぶつかった。
あの、心を見透かすような真っ直ぐな瞳。


「……もうひとつの願いも、叶いそうな気がするんだ」


その瞳に捕らわれたまま、観念したように言葉を紡ぐ。
小鳩が首を傾げたが、それ以上はあえて言わなかった。
言葉にしなくてもわかってくれる様な気がする。小鳩はいつも、欲しい時に望む言葉をくれるから。

「うん。絶対大丈夫だよ」

僅かな間の後で、小鳩が柔らかく微笑んだ。
小さくなる後姿を見送ると、遊戯は先程のキャンドルを握り締めた。



「願わくば……」


それを唇にそっと寄せる。
神聖な物へと口付けを落とすように。



誰より小鳩が、オレを想ってくれる事を―――……。




例え、今日終っても

(本当に願いが叶うなら、きっとオレは後悔しない)



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