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サンタさんへ


「ごめん、小鳩。何度か兄サマに連絡してみたけど、どうしても仕事が終わらなくて今日は間に合いそうにないみたいなんだ」

申し訳なさそうに何度も視線を下げるモクバに、何だか此方の方が居たたまれなくなってしまった。


「大丈夫だよ、クリスマス忙しいの知ってるし。モクバだって仕事抜けて来てくれたんでしょ?」
「う、うん。今年は新企画の立ち上げもあって会議も立て続けで……すぐ戻らなくちゃいけないんだ」
「だよね、社長も副社長も大変だ。私のことはいいから頑張ってきて」
「本当にごめん。――あっ、食事も部屋も用意してあるから、今日は泊まって行ってくれよ!」
「えっ!? いいよ、そんな」
「ダメだったら! このまま帰したら兄サマに怒られちゃうぜぃ! 絶対だからな!」

先程までのしおらしさはどこへやら、ごり押しモードに切り替わったモクバに逆らう事も出来ず頷くと、漸く安心した様な笑顔が浮かぶ。
慌ただしく指示を出しながら会社へと戻って行く小さくも頼もしい後姿を見ていると、どことなく瀬人と重なって、あぁやっぱり兄弟なんだと思わせた。
それにしてもクリスマスイブに恋人の家で1人とはいったいどういう状況なのか。
用意された豪勢な食事の後、やはり広く綺麗な客室へと通されてする事もなくベッドへと腰を下ろした。
まぁ、クリスマスと言えど年末年始。拡大を続ける大手会社の社長が忙しいのは分かっていた。
だからこそ自分も押し付け合いの土曜出勤を買って出て、散々時間を潰してきたんだけど……それも無駄だったらしい。


「忙しくて一緒に過ごせないなら、別に呼んでくれなくてもよかったのになぁ~……」

思わず零してしまった事くらい許してほしい。
私だって仕事を持つ身だ。忙しい時や疲れてる時まで無理にでもイベントをなんて思わない。
家に帰る事も出来ない程多忙ならそう言ってくれれば、快くじゃあまた今度ねって言える自信もあったのに。
それでもいつもの調子で「クリスマス? フン、くだらん」と一蹴しなかった事を喜ぶべきか。
どっちにしろ一緒に過ごせないんじゃクリスマスの意味はないけど。
……うーん、やっぱり文句はちょっと出ちゃうな……。

「とりあえず朝までには帰ってくるみたいだし、今年はプレゼントさえ渡せればいいかな」

きっと疲れて爆睡してるだろうから、枕元に置いてサンタの真似事をしてみるのもいい。
あの大抵の事には動じない男が、多少なり驚く顔が見れるかもしれない。
そう思ったらなんだか楽しくなってきて、待ち遠しさからさっさと布団を被って寝てしまう事にした。
どんなに疲れてようが遅く帰ってこようが、あの瀬人が人の気配で起きない程熟睡する時間はほんの僅か。
果たして寝起きの悪い私がその時間帯に間に合うか……何気にレベルの高いミッションだ。
「アラームも5分おきに最大数かけて……よしっ」
準備万端。気合を入れて目を閉じた。




ちょっと自慢したい事がある。
寝てる時に無意識に目覚ましを止めるアレ。どうやら私には回数制限って物がないらしい。
ハッと目を開けたら手にスマホを握り締め、当然アラームは全てオフ。これ全部無意識って凄くない?
薄暗い時間に起きる筈が、カーテン越しに薄ら光が零れてるのがまた私を絶望させた。


「私が熟睡してどうすんの、あぁあもう~っ」

計画失敗どころの話じゃない。多分もう瀬人もモクバも優雅に朝食を取ってる時間だろう。
横向きだった身体をグルンと反対に寝返らせたら、ごりっと何か硬い物が頭に当たった。

「いたっ……なに?」

て言うかむしろ若干なんか刺さった! これ絶対何かの角だ!
涙目で頭を摩りながら起き上がり、原因を探れば――……そこには赤いリボンを纏った小さな箱と、“Merry Christmas”と書かれたメッセージカードが添えられていた。
枕もとのクリスマスプレゼント。
サンタが誰かなんて当然分かるし、箱の中身もこの大きさから予想がつかない筈がない。
箱とカードを握り締め、大慌てで部屋を飛び出したら、目の前に居たのはとうに食事を済ませ出勤準備万端の瀬人だった。

「フン、漸くお目覚めか小鳩
「瀬人、これっ、この箱っ!」
「どうやら寝惚けていてもサンタからのプレゼントとやらには気付いたようだな」

満足げに口角を上げた瀬人に「開けてみろ」と促されるまま赤いリボンに指をかければ、箱の中には思った通りシンプルなデザインの指輪が収まっていた。
呆然と見つめる私の前から、すぅと伸びた長い指が指輪を攫って行く。


「生憎今年のクリスマスは仕事詰めで時間が取れん。……だが、今後は1日位なら空けられる日もあるだろう」

かと思えば左手を取られ、薬指へとそっと指輪が通される。
いつの間にサイズを調べたのか、ここが定位置とばかりにぴたりと収まるそれを馬鹿みたいに見つめてしまった。

「いつとは言えんが、貴様はその日を俺の為に空けておけ」

相変わらずの高圧的なその物言いが、随分と甘く優しく聞こえたのは私の欲目だろうか。



「これは予約だ。……一生分のな」



そう言ってゆっくりと降ってきた薄い唇を、返事の代わりにただ受け止めた。




サンタさんへ

(これに勝るプレゼントなんて、何がある?)

2016/12/25
title:TOY



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