リベンジさせてよ!
「柚原小鳩、俺とデュエルだ」
「……はい?」
教室中がざわついた。対して私の脳は思考停止寸前だった。
それもそのはず。突如決闘を申し込んできた相手はただのクラスメイトではなく、童実野町一の有名人。
もう放課後になろうかというこの時間に悠々と登校し、学校中の注目を集めている彼――海馬瀬人は誰もが知る海馬コーポレーション社長その人だ。
ごくごく一般的な高校生からしたら雲の上の存在で、それが何故か教室に足を踏み入れるや否やの爆弾投下である。
「デッキは持ってきているな」
「あるよ、あるけど……」
「ならば持って屋上に来い。デュエルディスクは貸してやる」
それだけ言って返事も待たずに颯爽と踵を返す。
「おいコラ海馬!いきなり来て決闘ってどういうことだよ、おい!!」
城之内が私の代わりに噛みついてくれるものの、振り返る気配すらない。
当事者である私はといえば、全くもって状況に付いて行けずぽかんと口を開けて姿勢のいい後姿を見送るのみだ。
「ちょっと小鳩、アンタ何やったの?」
「私が聞きたいよ!!」
心配そうに眉根を寄せる杏子を見てようやく我に返る。
ケンカを売られる理由がさっぱり思い当たらない。
とは言え聞かなかったことに出来るわけもなく、慌てて既に見えなくなった背中を追って指定の場所へと向かった。
屋上につくなりデュエルディスクを渡されて、有無を言わさず決闘が始まる。
正直言って最初の数回は何をやっているのかわからない状態だった。主に瞬殺だし。
だって初めてつけたんだよ、デュエルディスク!!
目の前でソリッドビジョン化されるモンスター達の迫力に、単純にびっくりするやら感動するやら。
それに慣れ、何とかいつものプレイングを取り戻し――改めて現状を振り返ったものの、相変わらず頭からクエスチョンが消えてくれない。
私の何が一体、彼の不興を買ったんだろう。
どう考えても今のこれはケンカを売られた状態で、尚且つ虐められている(だってどう見ても実力差が酷い)。
わざわざ忙しい仕事の合間を縫ってまでシメてやろうと思わせるほど、私は彼と関わってはいないはずだ。
3年間同じクラスだったのに、話したことなんて数えるくらい。
精々他の女生徒と同じように、時折姿を見せた彼を遠くから憧れの目で眺めていた程度だ。
私の存在に気付いていたかすら怪しい。
(うわっ、びっくりした)
カードから顔を上げるとソリッドビジョン越しに真っ直ぐこちらを見つめる彼と視線がぶつかり、反射的に下を向いてしまった。
切れ長の目が一瞬で脳裏に焼き付いてドキドキする。
……そうだ、こうやってまともに目が合うのだって1年ぶりくらいだ。
確かクラスの女子が海馬くんの誕生日を祝おうとして放課後に声をかけたときだった。
「誕生日だからなんだ? この後は重役会議だ。そんなくだらん事に使う時間などない」
既に社会人として責任ある立場の彼だ。誕生会なんかより、会社のほうが大事なのはわかる。わかるけども。
女子の誘いに乗らなかった事にほっとした半面、そのひやりとした言い方に本当に住む世界が違う人なんだと痛感させられて、
「誕生日くらい好きな人と好きなことして過ごせばいいのに……」
ついぽつりと零してしまった。
直後ばちりと音がするくらい交わった視線の衝撃に、一瞬息が止まったのを覚えている。
「フゥン。初めより幾分かマシだがそれでも相手にならんな」
「そ、そりゃまだ初心者みたいなものだし。でも最近はカドショの大会で結構良い所まで行くんだから」
「ならば海馬コーポレーションの主催する大会に出てみるがいい。近々開催する」
「……絶対ヤダ」
何なの、私に屈辱でも与えたいんだろうか。もう充分なんだけど。
全くもって意図が分からないまま、私のデュエルディスクが何度目かのLP0を指す。
「瀬人様、そろそろお時間です」
「……わかった。柚原、ここまでだ」
部下らしきスーツ姿の人に少し遠慮がちに声を掛けられたことで、この不思議な時間は終わりを告げた。
借りていたデュエルディスクをお礼と共に差し出すと、海馬くんの代わりにスーツの人が手を出してきてちょっと拍子抜けする。
何だかいきなり壁を作られたみたいで、ああまた遠い世界の人になっちゃうのかと何だかがっかりした。
たった今向かい合ってカードゲームをしていたのが夢のようだ。
「海馬くん」
既にドアへと向かっていた彼の名を呼ぶと、何だと肩越しに振り返る。
もしかしたらもう用は済んだと無視されるんじゃないかと思っていただけに、それだけでも何だかちょっと嬉しかった。
「今日、なんで私をデュエルに誘ったの?」
教室には城之内や、何より彼のライバルである遊戯もいたのに。
考えてもどうしてもわからなかったその理由を問えば、海馬くんはゆっくりと体を此方に向けた。
整った眉を僅かに寄せ、小さく溜息を吐くと
「……今日くらい好きな奴と好きな事をして過ごせばいいといったのは貴様だろう」
踵を返し、呆れた様な声音を残した。
私はといえば、デュエルを申し込まれた時と同様にぽかんと口を開けてその背中をただ見送って。
見えなくなる頃ようやく今日が何日か、彼の趣味が何かに気が付いた。
「嘘でしょ!? 言ってよ――――っっ!!」
徐々に小さくなっていくブーツの音を混乱交じりの私の悲鳴が追いかける。
当然だけど自分勝手な彼が戻ってくることはなく。
吹き曝しの屋上で1人、じわりじわり熱を持っていく頬を抑えて蹲った。
リベンジさせてよ!
(ああもう、大会に出ればいいんでしょ)(誕生日おめでとうって言う為に!)
title:TOY