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雨音にかき消された言葉


『瀬人、休み取れそうなら私が家まで迎えに行くよ』



ようやく仕事が落ち着いて、数週間振りに電話をしたら、小鳩は嬉しそうにそう言った。
少しでも早く会いたいからと、はしゃぐ声が愛おしい。
そうして待ちに待った週末は、―――今までにない位の大雨だった。


かかっているはずの音楽は、車体にぶつかる雨音で見事にかき消されていた。
ワイパーを最速にしているにも関わらず、フロントガラスを雨が滝のように流れ落ちる。

「うわ~ん! 前が見えない、見えない~っ!!」
「貴様、同乗者を不安にさせるような言葉を吐くな!」

情けなくも泣き声を上げる小鳩に、隣に座った瀬人が呆れ半分に言い放つ。

「運転してる方がもっと不安だっての! もー、折角の休みだって言うのに、何よこの土砂降り!」



愚痴を言っても状況が変わるわけではないが、この際文句の1つも言ってやらないと気が済まない。
なんせ久し振りのデートだったのだ。
小鳩はぎゅっとハンドルを握り直した。
普通免許を取って2年近くになるが、こんな酷い天気の中車を走らせるのは初めてである。


「怖っ! 何でこんな雨の中、みんなスピード出せるわけ? 信じらんない!」
「下らん事を気にしている余裕など無いんじゃないのか? 何ならオレが代わっても良いがな」
「冗談! 無免許運転なんか私の車でさせてたまるか!」

大人びた外見と社長という肩書きにうっかり忘れそうになるが、瀬人はまだ17歳だ。
ヘリや戦闘機を操る彼には車の運転など容易いだろうが、だからといって堂々と違反させる訳には行かない。
と言うより、一番の理由は小鳩の年上というプライドか。


「ふん、だったら黙って運転に集中しろ。オレは貴様と心中する気は毛頭ない」


返ってくる答えがわかっていたかのように鼻を鳴らすと、瀬人は表情ひとつ変えずどっかりとシートに背中を預けた。
運転手があたふたしているというのに、見事なほどの落ち着き振りである。

「あんたねえぇ~、仮にも彼女に向かって何て事を!」
(この状況で拒絶宣言とはいい度胸だ。このままガードレールに突っ込んでやろうか!)

腕を組んだ余裕なその態度に、小鳩の頬がピクリと引き攣る。

「もっとも…」

ぽつり、瀬人が再び口を開いた。


「共に未来を歩くつもりなら、幾らでもあるがな」
「―――――は……?」



相変わらず腕を組み、真っ直ぐに前を見つめたまま。とっさにその言葉の意味が分からず、小鳩は眉を顰めた。
何を言われたのかと聞き返したくても、運転から気をそらせないのがもどかしい。

ほんの一瞬、視界の隅に映った彼は、どこか楽しげにも見えた。
――いや、実際楽しんでいるのだ。

小鳩が運転に必死のあまり、此方の言葉が半分も届いていない事くらい、瀬人には当然知っている。
むしろこの反応ですら、最初から予想が付いていた。


いっそ聞こえてなくても構わない。
いつか改めて言う時が来るだろう。

端正な口元を少しばかりつり上げて、瀬人は目の前を流れ落ちる雨を見ていた。




雨音にかき消された言葉

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