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髪を切った日


夏になると暑さに負けるのか、長い髪をばっさり切ってしまう子が多い。
タイミングが重なるのか、髪型を変える時というのはほぼ同じ時期で、そうなると少し切った位では気付かれなかったりもする事もある。
かくいう小鳩も、しっかりその一人に当てはまっていた。

(確かに切ったのなんて5センチ程度だけどさ)

休み時間の度にカードを持って集まってくる友人達を、頬杖をついて眺めながら、小鳩はそっと溜息をつく。
もともと肩にかかるかどうかの長さだったし、ハサミを入れたのは主に後ろの方で、正面からだと確かに際立った変化はない。
それでも全体的に軽くはしてもらった筈なのだが、デュエルに夢中の彼等の目に留まる程ではなかったらしい。


「へっへー。実は昨日いいコンボ思いついたんだ。オイ、小鳩もしっかり見とけよ」
「アンタこそしっかり目の前の相手を見なさいよ……」
「はあ? 何か言ったか?」

こっそり口にした言葉はさっさと向こうを向いてしまった城之内には届かなかったようだ。
別に、とだけ答えると、小鳩はふんと唇を尖らせた。
気付かないからと言って自分から切ったよ、と言い出せないのが変にプライドの高い彼女の悲しい所だ。

「じゃあボクも新しいカード入れてみようかな。……あれ? 城之内くん、そのカード傷付いてない?」
「げっ、マジかよ!?」
(そんな細かい傷に気が付くなら、何でこの5センチに気付かないわけ、遊戯!)

「城之内くん、ケースにも入れず持ち歩くからだよ。ボクなんかほら、一枚ずつスリーブに」
(不気味なカードにそこまで気を使うなら女の子に気を使え!)

「あはは! でも獏良くん並に神経細やかな城之内くんって言うのも想像つかないなあ」
(そういう御伽くんはもっと神経細やかだと思ってたけど!?)

「どうしたの小鳩。なんか今日テンション低くない?」
すっかり不貞腐れた顔の小鳩に気付き、杏子が首を傾げる。
「そう? 暑さにでもやられてんじゃない?」
「へーえ、柚原は夏バテ知らずだと思ってたけどな」
「ちょっと本田。それいい意味で言ってんでしょうね?」

からかうような笑みを浮かべる本田をじろりと睨むと、途端に周りから笑い声が上がった。
それにしても少々無神経気味な本田には初めから期待などしていなかったが、親友である筈の杏子まで気付かないとは。

(なーんかがっかり……)

胸中での突込みにも疲れた小鳩が本日2度目の溜息をついた時、勢いよく教室のドアが開いた。
担当教師でも来たのかと、遊戯と城之内が慌ててカードを片付け始めたが、入って来た人物を見るなりなんだ、と手を止める。



「海馬じゃねぇか、ビビらせやがって。昼飯でも食いに来たのかよ? 社長様」

開口一番叩いた憎まれ口に、海馬は席へと向かいながらふんと鼻を鳴らした。

「自分を基準に考えるな凡骨。貴様こそ無駄に通ってないで、その綺麗な脳に皺の1つも刻んで見せたらどうだ」
「て、て、てめぇ海馬! 言わせておけば~っ!!」
「やめなさいってば城之内!」
「もー、何でそう喧嘩ばっかりするんだよ2人共~」

肩を奮わせ立ち上がりかけた城之内を、遊戯と杏子が呆れ半分にぼやきながら押さえつける。

「負けるの分かってるんだから喧嘩売るの止めたら?城之内」
「何だよ小鳩! どっちの味方だ!?」
「どっちの味方って……」
  子供じゃ無いんだから、と口元を引き攣らせて何気なく顔を上げると、たまたまこちらを見ていたのか、海馬とばっちり目が合ってしまった。
さっさと最後列の自分の席へ向かったと思っていた小鳩は、予想外の出来事に一瞬固まる。

「あ、えっと、……おはよう海馬くん。久し振り?」
「……ああ」

散々口喧嘩をしておいて――と言っても相手は城之内だが――今更何を言っているのかと口に出してから思ったが、海馬は大して気にした様子もなく普通に返事をしてくれた。


柚原
「え、私!? な、なに?」
「……他に柚原が居るのか?」
「……居ません……」

露骨に眉を顰められ、小鳩は肩を竦める。
海馬とは特に仲が良いわけじゃない。
それ所か海馬が殆ど学校に姿を見せない所為もあって、挨拶以外彼とまともに会話した覚えがなかった。
その為まさか名前を呼ばれるとは思わず、つい確認してしまったのだが。


「……髪を」
「え?」
「髪を切ったようだな。…涼しげに見える」



ポツリと一言。

それも向きを変えながらの言葉に、瞬間何を言われたのかわからない。
お陰でただぽかんと口を開けて、席に着くまでその後姿を見送る事になってしまった。


「え、嘘っ。小鳩髪切ったの? ――あ、本当だ、後ろ短い!」
「そういえばさっぱりしたよね、柚原さん」
「もういいよ。友達甲斐がないのはよくわかったから」

語尾にハートでもつきそうな口調と笑顔でばっさり切り捨ててやると、杏子がごめーん、とひたすら手を合わせて頭を下げる。
それに冗談だよ、とフォローを入れると、小鳩は肩越しにちらりと後ろを盗み見た。

「でもちょっとビックリした……。海馬くんて結構よく見てるんだね。もっと他人に感心ないのかと思ってたよ」
「ある訳ねぇだろ、あの海馬が! たまたま目に付いただけに決まってらあ」
「それでも目の前に居て、まっっったく気付かないアンタよりいいよ」

本人に聞こえないよう声を潜めて言ったのに、お構いなしに悪態をつく城之内にむっとして言い返す。
いつもの事とはいえ、何となく今海馬の悪口を言われるのは腹が立つ。

(あーあ、せっかく誉めてくれたのに、有り難うって言いそびれちゃった)
一度タイミングを逃すと、相手が相手だけになかなか言い辛いものである。
(例え気まぐれでも、すっごく嬉しかったのに。あーもう、バカバカ!)
呆然としてしまった先程の自分が酷く恨めしい。



「……小鳩ちゃんも結構鈍いよね」
『海馬が一目で気付くほど関心を持つ相手なんて、小鳩くらいなんだがな』

がっくりと肩を落とした小鳩を見て、二人の遊戯が苦笑い混じりに呟いた。




髪を切った日

(ほんの数センチだって、気付いて欲しいものなんです)



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