不意打ちなキス
運転する笹塚さんの横顔を眺めながら、ふと尋ねてみた。
「笹塚さんて、髭伸ばしてるんですか?」
どちらかと言えば年齢より若く見えるその顔に、顎の先だけちょこんとある無精髭。
元々外見に拘る感じの人ではないから、私もあまり気にしていなかったんだけど。
「……いや、特に理由があって伸ばしてるわけじゃないけど」
今更と言えば今更な質問が意外だったのか、笹塚さんは一拍置いた後、一瞬だけ視線をこちらに向けた。
「小鳩ちゃんはあんまり、好きじゃない?」
「え? いえ! そんなことはないですっ。似合ってると思うしっ」
質問返しに慌てて首と手を横に振ったら、笹塚さんはちょっとだけ安心したようにそう、と頷いた。
「じゃ、どうしてそんな事聞いたわけ?」
「え!?」
続きを何も考えてなかっただけに、思わず声が裏返る。
やっぱり唐突過ぎたか、なんて後悔してももう遅い。
「ええええっと、ですね~……」
どうしよう。
しどろもどろになって、誤魔化すように流れる窓の外の景色へと目をやった。
「ハトって、この前迎えに来た人と付き合ってんの?」
今朝。意外どころか「マジで!?」と言わんばかりの顔で、おはようの挨拶よりも先に叶絵がそう言った。
笹塚さんが非番だったとき、学校からちょっと離れた所に迎えに来てもらったのを、どうやら叶絵が見ていたらしい。
「そうだけど……。お、おかしいかな?あんな大人の人と」
「年齢よりも、どっちかっつーとアンタが無精髭生やすようなのと付き合ってんのに驚いたわ」
「え、髭?(そこ?)」
「アンタ、まさか騙されてんじゃないわよね? ぼけっと付いてくんじゃないわよ」
むしろ脅されてるんじゃないかくらいに心配されて、思わず絶句した。
叶絵は入学当初からのんびりした私のことを気にかけてくれていて、それは凄く有り難いんだ、けど。
たかが無精髭ひとつで、笹塚さんがそんな風に見られてしまったことが、とてもショックだった。
制服着た女子高生が隣にいたことで、かえって印象悪くしちゃったのかもしれない。
(でもそれ私なのに)(笹塚さんどう見たって悪い人に見えないのに)(て言うか刑事だし!)
もちろん叶絵には、これ以上ないくらい笹塚さんのいいところを一杯言って納得してもらったけど。
「小鳩ちゃん?」
「はいっ! ごめんなさい!」
しまった、つい思い返して沈黙しちゃった。
さらっと聞いてみただけですって言っちゃえば、きっと笹塚さんも気にしなかったのに。
ちょっとの動揺と沈黙が、なんだか変に意味深な含みを持たせてしまった気がする。
「その、何となく、くすぐったくないかな~って思っちゃっただけです」
どうしようもなくなって、私はへらりと笑ってみせた。
ああ、もう少し気の利いた誤魔化し方はなかったのかな。
自分の顎に生えてる髭が、くすぐったいわけがない。なんだか恥ずかしくなってきた。
私の答えに、笹塚さんは少しだけ何か考えたようだった。
車がゆっくりと止まって、顔を上げたら踏み切りの遮断機がゆるやかに降りてくるのが一瞬、見えた。
一瞬。
すぐにそれは、目の前に現れた陰に隠れてしまった。
同時に温かく柔らかな何かが、唇を塞ぐ。
「……くすぐったかった?」
微かな余韻を残して唇からそれが離れると、視界一杯に覗き込む笹塚さんの顔があった。
ようやく頭が状況を理解して、やや遅れて顔が熱い位の熱を持ち始める。
「く、すぐったく、ない……です」
踏み切りの音に消されかねないその声は、これほど近いなら笹塚さんにも届いただろうか。
まともに目を合わせられずにいた私の目の端に、それとわからない程度に弧を描いた唇が遠ざかるのが見えた。
やがて鳴り響く警告音が止んで、再び車が動き出したけど、私は暫く顔が上げられないままだった。
不意打ちなキス
(今日一日、笹塚さんの顔が見れなかったらどうしよう)
title:恋したくなるお題