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大人の余裕は結構ギリギリ



山積みの書類を粗方片付けて、そろそろ一息つくかとタバコの箱に手をかけた途端、

「お疲れ様です、笹塚さん」

すっと温かいコーヒーが机に置かれた。
顔を上げると、警察署内には不釣合いな、だけど見覚えのある制服姿が目に入る。


「…………ああ、誰かと思ったらまひろちゃんか」
「もしかして忘れられてました……?」


一拍おいたことで不安にさせたらしい。
ほんの一週間ぶりくらいのはずですけど、とまひろちゃんが苦笑する。

「そうじゃなくて。いつもと髪型が違うから、一瞬一致しなかっただけ」
「あ、そうか。いつもは縛ってるから」

片側だけピンで留めただけの、ゆるく波打つ髪をひと房摘まんで、納得したのかひとつ頷く。
校則で決まってるのか、学校帰りに見ることの多い彼女はいつもひとつに纏めていて、今日のようにおろしている姿は見たことがなかった。
女の子ってのは不思議なもんだと思う。髪型ひとつで随分と違った印象を与える。
これでそのうち化粧でもするようになれば、また別人みたいに見えるんだろう。
そんなことを考えていたら、やがてまひろちゃんが居心地悪そうに身じろぎした。


「えっと、……似合いません、か?」
「あぁ、いや……」

どうやら見慣れない物珍しさもあって、ついじっと見てしまってたらしい。
なんと言えばいいのわからず、とりあえず思ったまま口にする。


「可愛いよ」


こういう時石垣くらい口が回れば、彼女を喜ばせてやれるんだろうけど。
まぁこの際、出来ないことは仕方ない。
誤魔化すように礼を言ってコーヒーに口をつけると、まひろちゃんが小さく笑った気配がした。
視線を上げると、困ったように眉を下げたまひろちゃんと目があった。

「笹塚さんて、やっぱり大人ですよね」
「……?」
「余裕があるっていうか。そういう事、さらっと言えちゃうし」

そういって、照れ笑いを浮かべる。


「あ、わ、私笛吹さんに呼ばれてきたんです。そろそろ行きますね」
まひろちゃん」

耳まで赤くなった顔を逸らして、慌てて向きを変える彼女を、思わず呼び止めた。


「はい?」
「あー……」


無意識に立ち上がって伸ばした手が、我に返って一瞬行き場を無くした。

「笹塚さん?」
「いや、笛吹の相手頑張って」

その手でぽんぽんと彼女の頭を軽く撫でて、今度こそ彼女の小さな背中を見送った。
柔らかい髪の感触が残る自分の手を見つめたあと、思わず溜息をついて頭を抱える。



「……何やってんだ、俺は……」






 
大人の余裕は結構ギリギリ

(危うく、抱きしめるところだった)



title:恋したくなるお題



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