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その沈黙の意味は「Yes」?



吾代さんが仕事帰りに事務所へ寄ると聞いて、どうせなら夕食くらいご馳走しようと思い立った。
きっと普段偏った食生活だろうから、バランス重視でと考えていたら、思ったより夢中になっていたらしい。


「手際、いいね」


突然聞こえた声に顔を上げたら、笹塚さんが感心したようにキッチンの入り口から眺めていた。

「えっ、笹塚さん!? すいません、いつから来られてました?」
「ほんの5分くらい前かな。開いてたからお邪魔してるよ」

5分も気付かないとか! 留守中を預かる身なのに、ていうか相手は笹塚さんなのに!
思わず蒼白になるものの、笹塚さんはそんな事よりキッチンの方が気になったのか、ぐるりと見回す。

「今日は何かあるの? ここで料理とか珍しい気がするけど」

確かにここはキッチンとは名ばかりで、お客さんが来た時にお茶を淹れるくらいにしか使われてない。
いきなりこんな調理器具やら食材やらが揃ってたら、やっぱり気になるものなんだろう。
だけど吾代さん栄養失調(もしくは生活習慣病)回避計画を話したら、ふーんと思ったより素っ気無い返事をされてしまった。

小鳩ちゃんがそこまでしてやる事もないと思うけど」

あれ、意外にも厳しいお言葉。……そうか、笹塚さんと吾代さんて仲悪かったんだっけ。
まさか名前出しただけでそんなにテンション下がるとは。ど、どうにかして雰囲気変えないと!


「そうだ、笹塚さんちょっと味見してもらえませんか?」

苦し紛れに出来上がったばかりのスープを小皿に取って、押し付け……もとい差し出した。

「季節物をと思ってパンプキンスープ作ったんですけど、ちょっと自信なくて」
「俺でいいの? 専門的なことは言えないけど」
「……むしろ言われても困ります。素人なんで(そうきたか)」

ちらりと笹塚さんを見上げたら、おいしい、とこちらを見て少しだけ笑みを浮かべてくれた。
普段あんまり表情の変化のない人だから、これだけで凄く嬉しくなってしまう。
しかもこの雰囲気ってちょっと新婚さんみたい、なーんて。
そんな事を考えてたせいか、爆弾がうっかり口から滑り出た。


「えへへ、お嫁さんに欲しくなりました?」


返ってきたのは笑い声でも突っ込みでもなく、ただ目を見開いた彼からの視線。
い、痛い。無言とか痛すぎる……。だって真面目に考えて本気で返事に困ってるってことだし!

「さ、笹塚さん。あの冗談、冗談ですからね?」

その空気に耐え切れなくなって、恐る恐る釘を刺したら、ようやくああ、と1つ頷いた。

「なんだ冗談か。びっくりした」
「びっくりしたのはこっちですよ……」
もうこの手の冗談はやめよう。リスクが高すぎる。
むしろ困らせることいってごめんなさいと謝りたい気分だ。



大人しく料理に戻ることにしたら、笹塚さんがまだ手付けずの果物に手を伸ばした。

「これは?」
「ああ、果物はサラダに混ぜちゃおうと思ってるんです。男の人あんまり果物食べないって言うし」

名づけて一緒に食べさせてしまおう作戦。サラダごと食べなかったら意味ないけど。

「手伝おうか。ここの果物、適当な大きさに切ればいい?」
「笹塚さん料理できるんですか!?」
「まぁ1人暮らしだし。多少は」

そう言った笹塚さんの包丁捌きは、多少なんてもんじゃなかった。完全に手馴れてる。
はっきりいって、私なんかより上手いんじゃないかってくらい、迷いがない。
思わず見惚れて、上手いですねなんて率直な感想を零してしまった。



「嫁に、来たくなった?」
「は?」



一瞬理解できない返事をされた気がして、私は間抜けな声を上げて彼の手元から顔へと視線を上げた。
訳がわからず暫く見つめあって、それからようやくさっきの冗談を返されたんだと気が付いた。

「あっ、ああ! もー、びっくりしたぁ。冗談なら冗談っていってくださいよ」

せめてそのポーカーフェイスを少しくらい崩すとか! 真顔で冗談とか反則だ。
今更ながらに跳ね上がる心臓を押さえつけ、へらりと笑って見せたのに、笹塚さんからは一向にその単語が出なかった。
冗談ですよね、なんて聞くのもなんだか躊躇われて、真っ直ぐ向けられる視線に、せっかく作った誤魔化し笑いも段々と消えていく。


「だってあの、私まだ、高校生、で」
「うん。だからゆっくり考えてくれればいいから」
「で、でもあの、」

混乱しながらたどたどしく言葉を紡いだら、いつもの静かで、けれどいつもよりも優しい声がそれを包んだ。


「ゆっくりでいいから。まずは俺と付き合えるかって事から、考えてみて」


ぽん、と大きな手が私の頭を撫でる。
温かくて優しくて、その所為で胸が詰まって、こみ上げる何かを反射的にぐっと言葉ごと飲み込んでしまった。


本当は言いたいのに。今、すぐにでも。

だって私の方がずっと、ずっと前から。


――――笹塚さんが、好きだったんだから。


その想いを口に出せずに、ただひたすら何とか伝えようと見上げていたら、笹塚さんの表情が不意に少しだけ和らいだ。




 
その沈黙の意味は「Yes」?

(自惚れじゃないと、いいんだけど)(その言葉に、やっぱり私は頷くしか出来なくて)



title:恋したくなるお題



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