それは反則
『笹塚さん、明日ってお仕事ですか?』
普段は何かと気を遣ってメールしかしない小鳩ちゃんが、珍しく夜に電話をかけて寄越した。
とはいっても今お時間いいですか?なんて確認メールを先に送ってくるあたり律儀な子だとは思うけど。
「明日……いや、普通に休みだけど。何で?」
『えっと、事務所に寄ってもらえないかなぁって。夕方6時とか空いてます?』
「事務所……」
と言えば浮かぶのは弥子ちゃんとネウロの探偵事務所。
そういえば弥子ちゃん達の手伝いをしてるとかで、小鳩ちゃんも自宅のように居付いていた気がする。
友達だからって危険なことに巻き込むのもどうかと思ったけど、彼女自身何かと被害にあいやすい体質のようだから避難も兼ねてるんだろう。
……にしても、何か用事があるときはいつも自分のほうから足を運ぶ子だ。
彼女からの呼び出しってのも珍しいなと、ちょっと不思議に思いながらも俺はうんと頷いた。
「別に構わないけど」
特に用事があるわけじゃないし、事務所は遠いわけでもない。
返事を得るなり、じゃあ待ってますねと嬉しそうな声が聞こえて、それに少しだけ口元が綻んだ。
声を聞くだけで電話の向こうでどんな顔をしてるのか容易に想像できる。
そういうところが可愛くて、本当若いなとしみじみ実感してしまう。
よく考えたら……いや考えなくても、弥子ちゃんの友達ってことはひと回り以上違うんだよな。
…………余計なこと思い出さなきゃよかった。(何となくショックを受けた、気がする)
『あっ! 笹塚さん、切る前にもうひとつ聞いてもいいですか!?』
それじゃあと言いかけたかと思えば突然慌てた声でストップがかかった。
別にまだ遅い時間じゃないし、俺は話しててもいいんだけど、そういう気はないらしい。
「いいけど……何?」
『今日の就寝時間は?』
「…………さぁ。もう少し飲んでからだから、多分1時か2時くらいじゃないかな」
たまにこの子の思考回路がわからないが、一応質問には答えておく。
『そうですか、よかったぁ。それじゃ、また後で』
「(また、後で?)ああ、おやすみ」
満足したのか今度こそ会話を終了させる。待ち受け画面に戻った携帯を眺めて、思わず呟いた。
「……何か今日、変だったな……」
どうも声に落ち着きがなかった気がする。そわそわしているというか……普段はどちらかと言えばのんびりしている印象があったんだが。
まさか緊張してたってことはないと思うけど。警視庁にもよく遊びに来るし、それなりに付き合いはあるほうだ。
疑問に思いながらも携帯をテーブルに置いて、とりあえず晩酌を続けることにした。
それからどれ位経ったのか。ヴヴヴ、と唸るような音がテーブルに響いて、携帯が再び震えだした。
メール……じゃない。電話だ。
まさか呼び出しかと警戒して開いたディスプレイの名前をみて、思わず目を見開いた。
「小鳩ちゃん? どうしたの、こんな時間に」
時計は丁度0時を指していた。
こんな時間に電話をしてくる子じゃない。
何かあったのかと早口で続けようとして、それより先に電話の向こうから嬉しそうな声が飛び出した。
『えへへ。笹塚さん、お誕生日おめでとうございま~す!』
あまりに予想とかけ離れた言葉で、一瞬思考が停止した。
「………………誕生日?」
口の中で繰り返してから、日付を探して壁にかかったカレンダーに目をやった。
7月20日。
「…………………………ああ、俺のか」
たっぷり考えてから、ようやく思い当たった。
その沈黙が怒ったと捉えたのか、夜中にごめんなさいというか細い声が届く。
『明日会えるけど、でもどうしても一番にお祝いしたかったんです。もしかして寝てました?』
「……いや、起きてた。そういや誕生日だったなと思って」
今気付いた。そう言ったら一拍置いた後、笹塚さんらしいと盛大に笑われた。
そうは言っても1人暮らしで、わざわざ祝ってくれるような身内がいるわけでもない。
忙しい日常に追われて、正直そんな日があったことすら忘れかけていた。
『じゃあ改めて。お誕生日おめでとうございます、笹塚さん』
「ああ、……有り難う」
口にした途端、じわり、と胸の奥で温かい何かが広がった。
誕生日を祝ってもらうのは随分と久し振りの気がする。
0時丁度に、一番に、と意気込んでいたから、先程の電話はあんなに落ち着かなかったんだろうと思うと自然と顔が緩んだ。
『もう気付いちゃったと思いますけど、事務所で弥子とお祝いの用意してるんですよ』
「……そこまでしてくれなくてもよかったのに……かえって悪いね」
『いーんです、私達がやりたかっただけですからっ』
いつもお世話になってる笹塚さんに、なんて嬉しそうにいわれると何だかくすぐったい。
『笹塚さん、明日おうちまでお迎えに行ってもいいですか?』
「いいけど……」
意図がわからないまま返事をしたのが伝わったのか、小鳩ちゃんが少し照れ臭そうに続けた。
『会って一番のおめでとうも、言いたいんです』
ちらりと覗かせた可愛い独占欲に、いつもは効かない焼酎が一気に回った気がした。
それは反則
(一番に聞かせてほしい)(……とまでは、さすがに立場上言えないけど)
title:恋したくなるお題