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「今、校門にカッコイイ他校生来てるよ!」


ヒーロー科に通う卵と言えど、中身はいたって普通の女子高生。
最近A組女子の間では少女漫画が流行っている。


「三奈ちゃんこれありがとー」
「早! もう読んじゃったの?どうだった?」
「面白かった! つい課題後回しにして一気読みしちゃったよ~」
「でしょ! 毎回気になる終わり方してくれるよね」
「あ、それこの前言ってた漫画? うちも読んでみたかったやつや! 借して~」
「いいよいいよ~。柚原、それそのまま麗日に渡して」
「はいはい! 次私も~!」

私と三奈ちゃんのやり取りを見て、お茶子ちゃんに透ちゃんと次々に女子が集まってくる。
元はと三奈ちゃんと2人で盛り上がってただけだったけど、気付いたらあっという間に波紋が広がっていた。
今では元々漫画に興味がなかった響香ちゃんやヤオモモだって時々借りて読んでるんだから、やっぱり少女漫画は何年経っても女の子の心を掴むのがうまいんだと思う。


「なんかさー、こういうありがちなシチュでもやっぱ憧れるんだよね~」
「わかる。リアルでないなと思うから余計にね」

お茶子ちゃんに漫画の入った袋を手渡した後、恒例の様に三奈ちゃんの隣の席を借りてそのままお喋りタイムに入る。
上鳴、いつも出歩いてるのをいい事に占領しててごめん。

「じゃあさ、柚原のご希望は?」
「うーん……。あっ、あれかな! 放課後帰ろうとしたら『他校のイケメンが校門で誰か待ってる!』とかざわざわしてて、見てみると彼氏だったみたいな」
「あー、他校の彼氏が迎えに来るやつね! 彼氏自慢したいの分かる~!」
「雄英閉鎖的だから尚更いいなとか思っちゃわない? 後で冷やかされるんだけどまぁそれも……」
柚原、他校に彼氏いんのか?」
「へ?」


きゃっきゃと浮かれまくった高い声に、不意に混ざった冷静な低い声。
当然だけど目の前の三奈ちゃんのはずはなく、びっくりして左右を見回した所で三奈ちゃんが私の後ろを指さした。
それを追う様に上体を捻って顔を向けたら、そこにいたのは此方を見下ろす紅白頭――クラス屈指のイケメンと呼ばれる轟くんで。
え……今私に聞いたんだよね? 目、ばっちり合ってるし。


「他校に彼氏、いたのか?」


ぽかんとする私に今一度繰り返すのと、三奈ちゃんに柚原!と小声でせっつかれたのはほぼ同時で、我に返った私は慌てて妙な体勢のまま首を横に振った。
お陰で寝違えた時の様なぴきんとした痛みが一瞬走ったけど、それどころじゃない。

「いっ、いないよ! 彼氏なんて!」

さりげなく痛む首筋を抑えながら早口で答えると、轟くんは尋問でもするかのような視線をふと和らげて、

「そうか。……なら良かった」

その一言だけを残して何事もなかったかのように廊下へと消えていく。
い、一体何だったんだ……。思わず呆然とその後姿を見送ってしまった。この僅か数分でありえないくらい心臓が飛び跳ねている。
轟くんとは普通に話すけど、特別みんなより仲がいいというわけでもない……と思う。
少なくとも恋バナをする程ではない。そもそもこの手の話に興味があるようにも見えなかったのに。
疑問符を浮かべながら前に向き直ると、にやにやと口元の緩みまくった三奈ちゃんが待ち構えていた。


柚原~~~っっ!!」
「わあっ!? ちょ、待って落ち着いて!」

興奮してじたばた両腕を振り回す三奈ちゃんが余計な二の句を紡げない様に慌てて口を塞いでおく。
火のない所にも煙を立てようとするほど恋バナ大好きな三奈ちゃんの事、言いたい事なんてひとつしかない。

「でもホントに待って! 変に盛り上がった後の勘違いでした、はとてもじゃないけど生きていけないから!!」

このままではこの子に恐ろしい妄想話を叫ばれ広まってしまう。
とは言え轟くんめ、どうしてくれる。あんな言い方されたら、少なからず都合のいい期待してしまうのが少女漫画脳ってものなのだ。
もしもあの轟くんがそれを狙って通りすがりにあんな意味深な言い方をしたのだとしたら、しれっとしてとんでもない策士だったということになるけれど。
正直な話、何も考えてなかった落ちの方が可能性高いんだけどね。あの轟くんだもん。


「でもイケメン迎えに来てるよキャー!の願望は叶わなそうじゃない?」
「それは思った。他校ってとこで多少は噂になるかもだけど、雄英生イケメンに免疫あり過ぎ」

私の両手から逃れて零れた彼女の言葉に平素を装って同調したものの、一度暴れ始めた心臓は困った事にそう簡単におさまってはくれないようだ。
じわじわ熱を持ち始めた顔をさりげなく頬杖で隠して、あーこれ絶対今後意識しちゃうやつだ、なんて仕掛けられてもない罠に勝手に嵌って小さく唇を噛み締めた。



2023/02/05



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