10月最終日と言えば? そう、今やメジャーイベントとなったハロウィンです。 そんなわけでこの私、柚原小鳩も通販サイトで衣装を購入し、吸血鬼になってみた。 まぁ黒と赤のワンピースにマントを羽織っただけの、あくまでそれっぽく見える程度の大した仮装じゃないんだけれど、こういうのは雰囲気と勢いで押し通すものだから安っぽくても全然ありだと思う。 安価な割にはそこそこかわいい服を手に入れられた気もするし。 「トリックオアトリート~!」 実際夕食後に着替えてロビーへと向かったら、のんびりと食後のひと時を過ごしていたみんなはおお、と感嘆の声を上げて歓迎してくれた。 「小鳩ちゃん、ヴァンパイアなのね。可愛いわ」 「柚原お前、仮装すんならもっと露出しろよ! 露出してこその仮装だろうがよぉぉ!!」 「峰田うるさい! いいなー柚原、どうせなら誘ってよ。私も仮装したーい」 「三奈ちゃんはそう言うと思っていくつか用意してあるよ。みんなも一緒にプチ仮装しよ」 「マジかよ! お前本当イベントの時だけすげえ活力出すよな」 ちなみに用意したみんなの衣装と言うのは、最初小物だけでなんとかしようと百均で買い漁ったものだ。せっかくだから有効活用せねば。 衣装の入った袋を真っ先に覗き込む上鳴は楽しそうで、三奈ちゃんと同じく仮装する気満々だ。このクラスホントノリが良くていい。 「まぁ、今日は仮装をする日なんですの?」 「そうそう。ヤオモモもやってみなよ。予算の関係で耳と尻尾だけとか簡単なものしかないけど、その分気軽に出来るよ」 「血のりとかシールもあるんだ。これくらいならウチもやってみようかな」 「響香ちゃんもやろやろ。がっつりじゃなくても楽しいよ!」 「ケッ、くっだらねぇ」 「じゃあ爆豪は被害者側ね。トリックオアトリート」 「調子乗ってんじゃねぇイベント狂い女が!」 目を吊り上げる爆豪を他所に、わいわいと盛り上がり始めたクラスメートを見回して、肝心の人物がいないことに気が付いた。 轟くんがいない。 いや他にも数人足りないんだけど、私にとって重要なのは轟くんただ一人だ。 もう部屋に戻ってしまったのか、それともお風呂にでも行ったのか。目立つ紅白頭を探して賑わうロビーを後にした。 簡易仮装とは言え一応可愛い衣装を選んだんだし、どうせならば好きな人に見てもらいたい。 実質主催者の私がいなくなるのもどうかと思うけど、オープンさ故に私の片思いはもはや暗黙の了解になっている。姿が見えなければ探しに行ったと思うだろう。 ただ問題は当人である轟くんが私の想いに気付いているかどうかだけど、何しろ相手が相手だ。嫌われてはなさそうだ、くらいしか読み取れない。 ずるい手だとは思うが、何かしらこう他の人より特別扱いでもあれば私だって告白する勇気が持てるんだけど。 溜息交じりにポケットにヘアピンタイプの猫耳とスマホを潜ませる。 お菓子がないと言ったらこれを付けた姿を写メに納めさせてもらうのだ。 そんな企みを胸にきょろきょろと目印の髪色を探し歩いていると、ようやく目的の人が歩いて来るのを見つけた。 「お、柚原。なんだその格好」 「轟くん! お風呂だったんだ」 タオルで髪をわしわしと拭きながら此方へと向かってくる彼を見て思わず真顔になった。 ……このポーズこんなに似合う人が身近にいるってすごいよね。 「柚原? どうした?」 「あ、ごめんごめん。これね、ヴァンパイア! 今みんなで仮装することになって」 「……ああ、今日ハロウィンか」 「えっ、轟くんハロウィン知ってるの?」 「毎年どこかしら仮装で大騒ぎしてんだろ」 なんてこった。轟くんの事だからイベント関連全体的に疎いと思ってた。 でもまぁ、だったら話は早い。どちらにしろ彼がお菓子まで用意しているとは思えない。 「トリックオアトリート!」 満面の笑みでさっと両手を差し出すと、予想通り轟くんは目をぱちぱちさせた。 そして少しばかり整った眉を寄せる。 「このタイミングでそれはずるくねぇか」 「えへへ。でも轟くんお菓子なんてそもそも持ってないでしょ?」 「まぁ……そうだけど」 結局いたずらからは逃れられないと悟ったのか、肩を竦めると小さく溜息を吐く。そして、 「わかった。……ほら」 「…………ん?」 Tシャツ襟に指をかけると、首を傾げるようにして軽く引っ張って見せた。 さらされた首筋に一瞬目を奪われてしまったけれど、意図が掴めなくて同じように首を傾げてしまう。 「いたずら、するんじゃねぇのか?」 「す、するけど、えっと……どういう……」 ずいと一歩距離を詰める彼に思わず声が上擦った。 目と鼻の先、そんな距離感に彼がいる。お風呂上がりの石鹸のにおいとか、湯上りの体温とか、こんな間近に感じられたことなんてこれまでない。 どこを見ていいのかわからなくて視線をさまよわせる私に、轟くんは「ほら、」と顔を寄せた。 「ヴァンパイアなんだから血を吸うんだろ?」 低い声が耳元でして、心臓が飛び跳ねて顔に血やら熱やらが一気に駆け上るのが分かった。 そ、そ、そういうこと!? さぁ噛みつけとばかりに唇の近くで首を差し出して待っている彼に、胸中で盛大に突っ込む。 「……どうした?」 どうしたじゃないよ!! なに不思議そうな声出してんの!? これまで生きてきてこんなに視線の定まらないことがあっただろうか。 呼吸するのも躊躇うような、こんな距離にいつまでもいられたら心臓が爆発しそうだ。 この人同い年だよね!? この色気は何なの!? 「む、無理無理無理!! く、首はさすがに……っっ!!」 決死の覚悟で腕を突っ張らせ、距離をとる。 押し返すときに湯上りの温かい胸板に服越しとは言え触れることになって、またしてもぐわっと血が上った。 「そうか。じゃあ腕にするか?」 「ふえっ!?」 単純な叫びだったのか、「うで」と繰り返したのかすらよくわからない、ただひたすらに驚愕の滲んだ声が響き渡る。 その時、既に私の頭の中はパニックを起こしすぎて色々感覚がおかしくなっていたんだと思う。 あまりにさらりと言われて、何だかそれが大した事のないように思えて頷いてしまった。 「う、腕にする」 「ん」 ほら、と袖をまくり上げて差し出された腕に、ふらふらと吸い寄せられるように唇を寄せる。 まだ高校生だというのにしっかり男の人である彼の腕に少しだけ歯を立てて、そして漸くこの状態の異常さに気が付いた。 ―――私、何してんの!? いよいよ上り詰めた血が頭で沸騰した気がした。触れている唇が震える。 ここから一体どうすればいいのかわからない。 混乱を極めた私の耳に、ふ、と小さく噴き出すような声が聞こえた。 「なんか、ヴァンパイアって言うより蚊みたいだな」 「!!!!!」 そこからの私の行動は早かった。 即座に唇を離し、完全に茹で上がった顔を見られないように間髪入れずぐるりと踵を返す。 そしてそのまま自室へと全力疾走、布団の中へと飛び込んだ。 ―――私は明日、どんな顔して轟くんと会えばいいんだろう? 天然の恐ろしさを身に沁みながら、すっかり出番をなくしたポケットの猫耳とスマホを握りしめた。 ハロー、吸血鬼 (あれが彼からの「特別扱い」だと気付くのは、もう少し先) title:Discolo BACK← →NEXT