君に会いたくて泣いて、君に会えて泣いた
七夕の物語は、どう考えても悲恋だと思う。
大好きな人と一年に一度しか会えないのがロマンチックだなんていう奴は、会えない苦しさを知らないからだ。
「せっかくの七夕なんだからさ、ネコ型ロボットがどこでもドア貸してくれないかな…」
「借りたら返す気ないよね?」
「そんなの当たり前だよ! 毎日使うし! 何なら分単位で使うし!」
「分単位で使う位ならもう向こうに帰りなよ、こっちも静かでいいから」
「私だって帰れるものなら帰りたいよ!」
「ちょっとツッキー……」
容赦ないクラスメートの応酬にバタンと机に倒れ込んだら、もう1人のクラスメート――月島と一緒に居るからか良心の塊に見える――山口が苦笑交じりに口を挟んだ。
「柚原さんは遠距離恋愛で辛いんだからさ、そんな言い方…」
「だって煩い事には違いないデショ。散々隣の席で喚かれてみなよ、いい加減同情もしなくなるから」
「聞き捨てならないんだけど。月島がいつ同情してくれた?」
「少なくとも柚原に捕まった赤葦さんには同情してるよね」
「捕まったとか本当失礼だな!?」
フンと鼻で笑う月島に顔を上げて噛み付くけれど、その言葉を否定出来ない所も実はまぁ、あったりする。
東京の強豪、梟谷学園高校――そこのセッターである赤葦京治は私の所謂幼馴染みだ。
泣き虫だった私は何かと面倒を見てくれた京治くんに幼稚園から中学までそれはもうべったりで、それがただの幼馴染みから好きな人に変わるのはごく自然な流れだった。
中学に入ってぐっと背が伸びた京治くんが密やかに女子からの人気を集め始めたのをきっかけに、2年の春に幼馴染みから彼女に昇格させてくれと詰め寄ったのは当時誰もが知る事実だと言っていい。
そこからの私はとにかく幸せいっぱいで、京治くんからも漸くちょっと彼氏らしさを見せてくれたと思い始めた中学3年、悲劇は起きた。
――柚原父、宮城への転勤決定。
単身赴任かと思いきやちょうど京治くんの卒業を待ったかのように家族揃っての引っ越しとなり、中学生だった私たちは何の抵抗も出来ずに引き裂かれてしまった。何たるリアル七夕物語。
『小鳩、もう泣かないで。――ちゃんと、会いに行くから』
卒業式で京治くんが泣きじゃくる私の涙を拭いながら、弱った様に眉を下げたのを今でも鮮明に覚えてる。
「で、でもまさか遠征先で会う事になるとは思わなかったよね!」
「柚原さんはバレー部じゃないから関係ないけどね」
「ツッキー!!」
相変わらず嫌味な笑顔を浮かべる月島に山口がすかさず制止の声を上げるけど、実際そうだから何も言い返せない。
東京と宮城なんて遠距離になりつつもメールや電話を欠かさなかった努力が実り疎遠にはならず、今回のバレー部の東京遠征の際には京治くんから声を掛けて来てくれたらしい。
『烏野の1年に柚原小鳩っているんだけど、知ってる?』
その話を聞いてますます会いたい欲が募ってしまって、現在に至る。
「はぁ…、今日はいい天気だよね…。織姫と彦星も思う存分いちゃいちゃ出来てるんだろうなぁ」
「生々しい想像やめてくれる」
「だってえええええ」
「柚原さん、もう帰ったら? どうせここに居てもやる事ないデショ」
「ないよ、週1活動の料理部だからね。あ~何でバレー部のマネージャーやらなかったんだろ」
「そんな不純な動機で入られても迷惑なんだけど」
「分かってるよ!」
さて部活だと鞄を手に立ち上がった月島達を見送った後、私も愚痴る相手を失ってのろのろと帰路へ着く事にした。
帰り道に通りかかった商店街は既に色とりどりの短冊を付けた笹でいっぱいで、いつも以上に賑やかだった。
短冊には子供から大人まで思い思いの願い事が書かれていて、その中に幸せそうなカップルの願い事を見つける度に視界が歪む。
どうして今年の七夕は平日なんだろう。せめて今日が金曜日なら、今からでも新幹線に飛び乗って京治くんに会いに行くのに。
「会いたいよ~……、京治くん……」
笹の近くにご自由にと置かれた短冊を一枚手にすると、ぐすぐす鼻を啜りながらペンを走らせた。
呟いた言葉と同じ、“京治くんに会いたい”その一言を。
近くの笹に短冊を吊るすために紐を結ぼうとするも、風が吹いてみたり他の葉に引っかかってみたり、するりと葉が逃げてみたりとなかなか目的を果たせず、私の目からはとうとう涙が溢れ出した。
「ちょっと、もうっ、何なの! 意地悪か!」
何だかその願いは叶わないよと言われてるみたいで、悔しいやら哀しいやら。
顔を涙でくしゃくしゃにしながら意地でも結んでやると笹を一束鷲掴みにした。
私だって短冊吊るした所で願いが本当に叶うと思ってる訳じゃない。でも縋りたくなる位、今京治くんは遠い。
がっちりと笹に短冊を結び付けて、ポケットから携帯を取り出した。
せめて一言でもいい、京治くんの声が聞きたい。そう思ってかけた電話は呼び出し音が続くばかり。
冷静に考えれば京治くんだって部活中で出られる訳ないのに、そんなに事すら気付かず人目もはばからず泣き喚いた。
「~~っひどい! 七夕なのに何にも恩恵がない!!」
「そうでもないよ。今日はたまたま半日授業だったし」
「えっっっ!?」
突然真後ろで聞こえた静かな声に勢いよく振り返ったら、そこに居たのは会いたくて会いたくて溜まらなかった京治くんその人だった。
何でとかどうしてとか、何なら本物なのかと聞きたい事は山ほどあるのに、呼び出し音を耳元で鳴らしたまま呆然と彼を見上げる事しか出来ない。
それに気付いたのか京治くんは「あぁ、」と自分のスポーツバッグを漁って携帯を取り出した。
「ごめん、新幹線に乗った時にマナーモードにして気付かなかった」
そうして通話ボタンを押して目の前で耳に当てる。
「……ホントに京治くんなの?」
「そうだよ。久し振り、小鳩」
目の前の唇から、携帯を通した右耳から、彼の優しい声が聞こえて、驚きで止まりかけた涙が再びぼろぼろと零れ落ちた。
「また泣いてる」
「だって、会えると思わなかった」
「この前月島達から小鳩の話聞いたら、すげぇ会いたくなって」
携帯の通話を終わらせてポケットに押し込むのを見て、漸く私もつられるようにして携帯を下ろした。
途端に私の方へと伸びたその手が、ボールを運び続けた大事な指が、止めどなく流れる私の頬の涙を優しく拭う。
泣きっぱなしの私を見れば少しだけ困った様に眉を下げて、けれど平生より確実に和らいだ目で「相変わらず泣き虫」とからかう様に呟いた。
「もう泣かないでって言ったのに」
「~~~これは嬉し涙だから、カウントされませんっ」
それでも止まらない涙をあえて自分で拭う事をしなかったのは、もう少しこの温もりに甘えていたかったからに他ならない。
今日平日なのに。明日まだ学校あるのに。サボるような事、絶対しない人なのに。
それでも会いに来てくれた京治くんがどうしようもないくらい大好きだと、相変わらずぐしゃぐしゃの顔のまま彼の胸へと飛び込んだ。
君に会いたくて泣いて、君に会えて泣いた
(織姫より彦星より、きっと私が一番幸せ)
title:Discolo