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モーニング・ティーに勝る目覚まし


『もしもーし。おはよう、赤葦くん。今日も朝練あるよ、そろそろ起きよ~』


遠くから聞こえる声が小鳩さんのものだと脳が認識したのはたっぷり間をおいてからだった。
アラームを止める時の癖で夢うつつのまま呼び出し音に手を伸ばし、運よく通話ボタンまで押したんだろう。
電話の向こうで繰り返し小鳩さんが同じ様な言葉を繰り返すたび、「はい」「おはようございます」を寝ぼけ声で返した。

小鳩さんは中学時代お世話になった先輩で、現在は木兎さんのクラスメートでもある人だ。
高校で再会してからは木兎さん繋がりで度々顔を合わせる事も多くなり、その回数に比例してお世話になった先輩から想い人に変わったのは言うまでもない。
それでもモーニングコールを貰う程の仲になった覚えはなく、さてこれはどこまでが夢なのかと同じ様なやり取りを続けながらまだ薄暗い部屋でぼんやりと記憶を辿った。
視界の端にカレンダーを捉えて、あぁそういえばと数日前のコンビニでの会話が蘇る。


「ねぇねぇ、赤葦くんって今月の5日誕生日でしょ?」
「そうですけど、小鳩さん何で知って――…あ、木兎さん情報ですか?」
「違うよ、木兎が記念日系を覚えてると思ってないから聞いた事ない」
「じゃあ何で……」
「赤葦くんのメールアドレスとかラインIDに、1205って入ってるから誕生日かなって」
「……名探偵の素質ありそうですね小鳩さん」
「ちなみに暗証番号には誕生日や住所使うのやめた方がいいよ」
「さすがにそこは使ってません」

これと言って思い入れのある数字や文字がある訳でもない所為で、大抵のIDには覚え易さから誕生日を使う事が多いけど、面と向かって言い当てられると安直さが少しばかり恥ずかしく感じた。
とは言え好意を寄せている相手に自分の誕生日を知っていて貰えると言うのは思いのほか嬉しく、安直さも悪くないなんて一瞬過ってしまったあたり案外俺も末期かもしれない。


「もう目前だけどおめでとうは当日に言うね。誕生日になんか欲しい物ある?」
「そう言われてもすぐに思いつかないんで、気持ちだけで」
「言うと思った! 遠慮してんのか昔からほんっと欲がないよね、赤葦くんて」
「まぁ……確かに物欲はあんまりないですね」

欲しいと思う物は大抵バレー関連だし、そうすると大抵の物は必要な時に自分で手に入れてしまう。
服や物にも特別拘りはない分、楽だけどプレゼントのし甲斐がないとそう言えば昔誰かに言われた覚えがある。

「じゃあさ、何かして欲しい事はある? 何でもいいよ!」
「それ尚更難しくないですか」
「ちょっとしたお願いとかでもいいよ。こうなったら当日は何でもリクエストに応えてあげよう!」

半ば意地にでもなっているのか、何かしらリクエストしなければ折れてくれそうにない。
この何でもと言うのが実は問題で、言葉通り何でも許容されるわけじゃないからリクエストする側はかなり困る。
例えば素直に本来の望みを―――俺と付き合って欲しいと言った所で小鳩さんは首を縦には振らないだろうから。


「えーと……じゃあ朝起こしてもらえますか。朝練に間に合う様に」
「朝? モーニングコールって事? あっ、そう言えば赤葦くんてあんまり朝強くないんだっけ」
「……まぁ……」
「分かった! 任せて、とっておきのモーニングコールしてあげるから!」



一連の流れを思い出して、何だ咄嗟に絞り出した割に悪くない頼みをしたな、なんて漸く起き始めた頭で自画自賛した。
好きな人の声で1日が始まるというのは、思った以上に嬉しい。


『赤葦くーん。そろそろ目、覚めた?二度寝禁止だからね』
「……はい、もう大丈夫そうです。有り難うございます」
『あ、何かさっきより声がしっかりしてきたね。もう大丈夫かな? 改めておはよう~』
「おはようございます、小鳩さん」
『お誕生日、おめでとう!』
「……あ、りがとうございます」

そうだ、モーニングコールを貰ったって事は今日が俺の誕生日だって事だ。
寝起きの頭はこれまでのやり取りを思い出して尚、祝いの言葉への理解が遅れたらしい。
……ダメだ、後でコーヒーでも飲まないともう少し覚醒に時間がかかりそうだ。
そんな事を考えながらベッドから這い出した俺の頭を一瞬にして目覚めさせたのは、濃くて苦いコーヒーじゃなく、最後の小鳩さんの一言だった。


『大好きな赤葦くんの1年が、幸せなものになりますように!』


 
モーニング・ティーに勝る目覚まし

(心臓の音が煩くて、二度寝なんか絶対出来ない)




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