風邪気味微熱な恋模様
風邪を引いた。
それも、盛大に。
「げほっ、げほげほげふん! ごほっ!」
「うわっ。柚原、酷い咳してんなぁ」
廊下に出ようと教室を出たら、ちょうど入れ違いになった御幸が、ぎょっとして振り返った。
「あー……ごめん、煩くて」
「いや煩いとかじゃなくて、平気なわけ? 熱は」
「ないない。何か咳だけ酷くてさー……ごほっ。ごほごほげほんっ!」
一度咳き込むと暫く続く、これが辛い。
御幸に大丈夫、と口を押さえてない方の手でアピールしたら、やや遅れて戻ってきたもう1人の野球部員が、私を見るなり口角を上げた。
「ヒャハ! めっずらしー。何とかは風邪ひかねぇっつーのにな」
どうにも止まらなかった咳が、その一瞬ぴたりと収まる。
と同時に、正直にも頬が引きつった。
「すいませんねぇ。全くひかないバカモチと違って、賢い事が証明されちゃって」
「てんめー、誰がバカモチだ」
顔を上げて言い返したら、そいつ――倉持の頬も、同じように引きつった。
2年になって同じクラスになったものの、どうにもこいつとは馬が合わない。
多分この、見るからに運動部!って感じが文化部体質の私には受け付けないんだと思う。
なんていうか、いかにもガサツで無神経そうなところとか。
無駄に声が大きいところとか。
すぐカッとなるところとか。
やたらと暴力的なところとか。
でもこういう奴に限って、不運にも席は近いんだよね。斜め前とか。最悪だ。
だからあんまり関わらない様にしてるのに、何でこうちょっかいだしてくるかなぁ。
「今の時期に風邪なんて、まさかインフルエンザじゃねぇだろうな」
「違いますー。そう言われると思ってちゃんと検査してきました!」
「へっ、何でもいいけど俺達にうつすなよ。大事な試合が控えてんだからな」
「わかってるよ。だからこうやってマスクしてんでしょ」
休み時間ごとに廊下に出てるし、薬も飲んでるし、まめにうがいもしてるし。
一応うつしちゃいけないと気にしてはいるんだから、そっちこそ無駄に近づくなっつーの。
自分ことを棚にあげて、本当に腹がたつったら!
ふんと鼻を鳴らしてやったら、またしても喉がむずむずしだして、慌てて窓へと駆けだした。
それにびっくりしたのか、倉持が少し追いかけるように教室を出たような気配がしたけど、もう構ってられない。
むしろ話しかけないでくれオーラを背中越しに必死で送った。
「……ぐふっ、げほっ! げほごほごほ!」
うう、思ったより苦しいな、これ。
咳って一度出ると、最終的におえってなるまで止まらないんだよね。
ぜーぜー荒い息しながら時計を見たら、もう授業が始まる時間で、仕方なく教室に戻ることにした。
授業中はあんまり咳しないようにと思って、無理に抑えてるから余計辛い。
マスクしてても、やっぱり周りは気分よくないだろうし。
咳き込みすぎてぐったりしながら席に着いたら、ほぼ同時に担当教師が姿を現した。
ああ、頼むから今日は早めに切り上げてくれないかな。
そう思いながら教科書を引っ張り出してたら、後ろのドアから倉持が教室に駆け込んだ。
さっき私の後から教室を出た気がしたけど、そのままどこかに行ってたらしい。
先生の小言をすんませんの一言で遮って、慌しく私の隣を通り過ぎた――途端。
ことん。
小さな音と共に、長方形の何かが私の机の上に投げるように置かれた。
フルーツの描かれたパッケージの……ガム、じゃない。
これ、のど飴?
びっくりして顔を上げると、肩越しにこちらを伺っていた倉持とまともに目が合った。
「あっ……」
声を上げそうになって、慌てて飲み込む。
「……あ、ありがと……」
マスクを下げて小声で告げたら、口の動きで気付いたのか、
「……ま、死にそうだったしな」
と、素っ気無くも照れ臭そうに答えて前を向いた。
それが妙に嬉しくて、思わず緩んだ口元を、急いでマスクで覆い隠した。
なんだ、倉持っていい奴なんだ。
ホントはこんなに、優しいんだ。
こっそり口に入れたのど飴は、ほんのり甘酸っぱい味がした。
風邪気味微熱な恋模様
(あれ、顔が熱い)(もしかして熱でも出てきたのかな?)
title:INVISIBLE GARDEN