ゲームオーバーにはしない
「ちょっと倉持、何か用なの?」
あからさまに“邪魔なんだけど”と言う顔で、柚原が机の横に立つ俺を見上げた。
今から飯を食おうって弁当を広げたところだ、文句言いたい気持ちはわかる。
とは言えいつもならどんなに俺が悪くても、憎まれ口のひとつやふたつ、言い返してる相手なんだが。
「……畜生、何でこんなことに……」
小さく舌打ちをして、柚原にばれないよう窓際でにやつく御幸を肩越しに睨み付けた。
事の起こりは、ほんの数分前。昼休みに入ってすぐ。
柚原との恒例といえる口喧嘩を見て、御幸がよく飽きないなと言ってきたことからだ。
「飽きる飽きないじゃねーんだよ。あいつが絡んでくっから……あ、財布忘れた。御幸、飯代貸せ」
「またまた。ケンカにしないと話すきっかけも作れないくせに。お前らってそっくり」
「なっ、何言ってん……! ……ンな話はいいから、早く昼飯代貸せって!」
図星を指されて机をばんと叩いたら、御幸は相変わらずムカつく笑みを貼り付けたまま、「ヤダ」と短く返した。
「ここで貸しても俺になんのメリットもないだろ? 利子つけて返すって言うなら別だけど」
テメェはどこの悪徳商人だ?
眉を吊り上げてそう突っ込んでやろうと口を開きかけた瞬間、御幸がそうだと楽しそうな顔をした。
「交換条件で柚原に告るってのはどうよ?そしたら今日の昼飯代くらい奢ってもいい」
なんだそりゃ!? 性格悪い悪いと思ってたが、ここまでとは。人の足元見やがって!
お前ら見てて歯がゆくて、と応援からはかけ離れた笑顔を見せる御幸に一瞬唖然としたものの、ふと思い直して立ち上がる。
「じゃ、純さんにでも借りてくるわ」
そもそもこいつにどうしても借りなきゃならないってわけじゃない。
ざまーみろ御幸、誰もがテメェの思い通りに動くと思うなよ。
勝ち誇って見下ろしたら、御幸はやっぱりなとわざとらしく溜め息をついた。
「高校生にもなって幼稚な気の引き方してんだ、真っ向勝負避けたいのは当然か」
ついついこいつの安い挑発に乗っちまった自分を、こんなに恨んだこともない。
「ああ!? ふざけんな、見てろよ。昼飯用意して待ってろこの野郎!」
その叫んだ勢いそのままで現状に繋がってんだけど、……今更ながら無謀極まりねぇと思う。
「……おい柚原」
「だから何って。私ご飯食べたいんだけど」
見ろ、この態度。名前呼んだだけで既に臨戦態勢入ってんぞ、この女。
二の句が次げなくて、俺は苛立ち混じりに頭を掻き毟った。
あぁそうだよ。御幸の言う通り、ケンカ以外したことねーよ。
本当は好きで、少しでも気を引きたくてからかってるうちに、こんな仲になっちまった。
今更マジで言ったって、たちの悪い冗談だと思われて悪化するだけだ。
――――それなら、いっそ。
「おい柚原、俺の昼飯がかかってっから言うんだからな。すぐ断れ。いいか、断れよ」
「はぁ? 何言ってんの? てか、何なのさっきから」
「罰ゲームみたいなもんだと思っとけ! 何でもいいから、お前は嫌だって言うだけでいいんだよ」
最初からばらしちまえば、少なくとも今以上嫌われはしないんじゃねぇかと淡い期待をかける。
ちくしょう、振られるとわかっててこんな事言うのかよ!
一層怪訝な顔をしながらも続きを待つ柚原に、俺は必死に平静を装った。
「好きだ、柚原。俺と付き合ってくれ」
近くのクラスメートのざわめきが、その瞬間途絶える。
何静かになってんだ。関係ない奴が見てんじゃねぇ! 結果なんかわかってんだろうが!
いたたまれなくて柚原から視線を外したら、その沈黙が余計に堪えた。
御幸の野郎、覚えとけよ。財布が空になるまで食ってやるからな。
復讐を心に決めて死刑宣告を待ったら、怒り出すかと思った柚原が、静かに口を開いた。
「御幸との罰ゲームだって言ったよね。これって私が振るとこまで決まってんの?」
「は?」
落としていた視線をあげたら、どうなの?と今度は首を伸ばして俺の後ろの御幸に問いかける。
「いや、俺が指定したのは告るとこまで」
後は好きにしていいと楽しげな御幸の返事に、柚原がそうと素っ気無く答えた。
「じゃ、断ってなんかやらない」
「……はあ!?」
「結末は私次第なんでしょ。だったらその罰ゲーム、終わらせてやらない。ずっと続けてれば」
思い通りに動くのが嫌なのか、それこそ自分を使った罰だとでも言いたいのか、そっぽを向いて言い放つ。
「ば、馬鹿じゃねぇの!? わかってんのかよ。ここで振らねぇと、お前俺と……!」
――――俺、と。
背けた柚原の顔が、耳まで赤く染まっているのに気付いて、俺は思わず言葉を飲み込んだ。
ゲームオーバーにはしない
(言ったからには後悔すんなよ)(リセットなんか、もうさせねぇ)
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