言葉にしないけど分かってよ
全く迂闊な言葉を口にしたと思った。
「あ、哲さんだ」
窓際の私が立ち上がって目にした光景は、体操着姿でグラウンドに出てくる野球部主将。
何の気なしに呟いただけだったのに、次の瞬間には自分の席から弾き飛ばされていた。
「キャー哲さんどこ!?」
「これから体育ですか!? 頑張ってくださーい!」
どっと押し寄せた哲さんファンは容赦なくて、数回近くの机に私がぶつかったこともお構いなしで騒ぎ立てている。
「いった~……。もう、哲さんファン多すぎるよこのクラス!」
「ヒャハハ! ハト、お前学習しねぇなー」
よろよろとその場から離れたら、倉持がさも面白いものを見たとばかりに笑い声をあげた。
いかにも馬鹿にしてますってその顔と、耳につく笑い声はこういう時一層腹が立つ。
「うちのクラスの野球部員見てると、ついついあの人気を忘れちゃうんだよね。あれ? 同じ窓際でもここは随分静かだなぁ」
わざとらしく驚いた振りをしてやったら、テメェ、と倉持が唸った。
野球部で纏めたせいか、御幸も「はっはっは、もしかして喧嘩売られてる?」なんて冗談交じりに絡んでくる。
モテないわけじゃないんだろうけど、倉持と御幸の周りって何故か人がいないんだよね。
それを自覚してるんだろう、倉持の悔しげな様子が笑えて仕方ない。
「それにしてもホント、哲さん人気は凄いよねぇ」
たかが体育の授業だってのに、今だ黄色い歓声をあげてる女子の群れを見てしみじみ呟いたら、まぁなと自分の事のように倉持が自慢げに頷いた。
「あの人は男の俺等から見てもカッコいいしな」
王者青道を引っ張る、寡黙で頼れる野球部主将なんて、確かに男女共に憧れの的だろう。
見た目も結構カッコいいし。
窓の外に視線をやって、ふーんと鼻を鳴らしたら、倉持はちょっと訝しげな顔をした。
「何だよ、その不満そうな反応は。何か文句あんのか」
「いや納得したんじゃん! カッコいいとは思うよ、私も」
まさかの誤解に慌てて否定したら、御幸が頬杖をついたまま少しだけ口の端を持ち上げた。
「カッコいいとは思う、ってことは、柚原の好みではないんだな」
「へ?」
「そーいやお前、哲さんに興味なさそうだもんな」
御幸に続いて倉持まで興味の目を向けてくる。
御幸め、ホントに耳ざといって言うか、細かいところに気が付く奴だなぁ。
「おいハト、お前の男の好みってどういう奴なんだよ」
「はあ? 好み?」
「哲さんみたいに完璧じゃダメって事だろ、お前贅沢すぎ。どういう奴が好きなんだよ」
ニヤニヤする御幸は睨みつけて黙らせたものの、代わりに倉持がここぞとばかりに食いついた。
この調子じゃ何か答えない限り逃がしてくれそうもない。
「私はだから、その~……」
「……ああ? 何だよ」
頬が上気するのを感じながら、ちらりと横目で倉持を見たら、当の本人からは露骨に眉を顰められた。
その何勿体ぶってんだよ?的な顔に腹が立って、
「さぁ、どーでしょう!」
ばんと机を叩いて勢いよく踵を返した。
「なっ、なんだぁ? あいつ。……おい御幸、テメ何1人分かったような面してんだよ!」
「さぁどーでしょう?」
追求されないよう早足にその場を離れた背中に、焦った様子の倉持と、笑い混じりの御幸の声が聞こえた。
おいハト! なんて倉持が何度も呼び止めたけど、聞こえない振りして急いで教室から退避する。
ああもう、いい加減にしろこの鈍感男!
この真っ赤になった顔をどうしてくれる!
言葉にしないけど分かってよ
(御幸だって気付いてるのに)(アンタが好きだなんて、意地でも言ってやるもんか!)
title:恋したくなるお題