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ケーキと七面鳥と、それから



「……寒い……」


なかなか減ってくれない書類の山を前に、冷たくなってる指先を擦り合わせた。
窓の外は雲ひとつない澄み切った青空。冷たい風が窓を鳴らすのを見て、今日何度目かの言葉を搾り出す。


「隊長、今日何日か知ってます? クリスマスですよ、聖なる日ですよ? 何でこんな所で仕事してると思います?」
「お前が三席だからだろ。これとこれ、やり直し」
「また……っ!」

つき返された書類を前に、ばたんと隊長の机に突っ伏した。書類が数枚、床に舞う。

「おい、何やってんだ柚原!」
「だって日番谷隊長、何度提出してもやり直しさせるんですもん!」
「不備をなくさない自分が悪いんだろうが」
「せっかくのクリスマスなのに~っ」
「安心しろ、尸魂界にはキリストなんか生まれねぇよ」


泣こうが喚こうが一向に取り合わず仕事を続ける日番谷隊長は、本当にクールだと思う。
そういう隊長に憧れて十番隊に志願して、頑張って三席にまで駆け上がった私は結構健気なんじゃないだろうか。

……とか自画自賛してみてもクリスマスに職場に缶詰にされてるこの現状は変わらないわけで。
クリスマスっていっても半ば年末。
師走とはよく言ったもので、隊長も休日返上の忙しさ。
わかってるけど、それでもちょっと位こういう現世の行事に乗ってみてもいいと思うんだよね。
せっかく目の前に好きな人がいるんだから。


「あっ、そうか」

晴れやかな顔を上げた私を見て、隊長が「今度は何だ」と露骨に嫌そうな顔をした。

「そんな眉間の皺増やさなくてもいいじゃないですか。名案を思いついたのに」
「……(期待はしてねぇが)言ってみろ」
「発想の転換をしようと思って。ほら、見方を変えれば隊長と過ごすクリスマス! これで雪でも降れば完璧ですよねっ」
「………………」

あれ、隊長頭抱えちゃった。

「楽しそうで何よりだ。だったらさっさとこいつを仕上げて持ってこい」
「ええっ!? さっきよりも再提出増えてる!」
「こっちはお前が何度言っても手をつけなかった別件だ」
「もうヤダ……」

両腕にどっさり書類達を抱えて、思わず力なく呻く。
締め切りギリギリまで溜め込んだ自分が悪いんだけど、それにしてもこの調子じゃ午前中と言わず丸1日かかってしまう。
大好きな隊長と一緒とは言え、副隊長でもなけりゃ同じ部屋でお喋りしながら仕事が出来るわけでもないし、――あぁ、何たるクリスマス。

「普通クリスマスって言ったら窓の外の雪を見ながら温かい部屋でケーキと七面鳥なんか食べてですね、あとは」
「無駄口叩いてると更に帰るのが遅くなるぞ」
「……はぁい……」

隊長ってば少しくらい夢を見させてくれてもいいのに! 現実的すぎるよ!
妄想を一蹴されて渋々温かい部屋を出たら、入り口を境に空気が違った。

「もおお、どうせ寒いなら雪くらい降ってくれればいいのにっ」

室内は暖房で暖かいけど、廊下はひんやりしていて一気に体が冷える。
またむき出しの指先が冷たくなり始めて、悪態をつきながら自分の執務室へと急いで向かった。




「―――よし、上がるぞ」
「お、お疲れ様でした……!」

書類を整えながらの隊長の言葉に、ぐったりとその場に座り込んだ。夕方を通り越してもう夜だ。
自分の仕事は終わらせたものの、隊長がまだまだ抱え込んでるから先に帰るのも居た堪れなくて、結局手伝ってしまった私は本当に健気だと思う。
もう惚れてくれていいんじゃないですか、日番谷隊長。

「だから先に帰れって言っただろうが」
「だってクリスマスに1人残って仕事とか寂しいじゃないですかっ」
「お前と違って俺はそんなもんに拘ってねぇ」

ほら立て、と伸ばしてくれた手は、ずっと暖房の部屋にいたとは思えない冷たさだった。
隊長の机は窓際にあるから冷えるのかもしれない。
立ち上がりながらふと窓の外を見たら、暗くなった空にちらほらと白い何かが見えた。


「―――あっ!? 日番谷隊長! 見てください、雪ですよ雪っ!」


瀞霊廷じゃ12月に雪の降ることはなかったからホワイトクリスマスなんて期待はしてなかったけど、舞い落ちるそれは確かに雪だ。

「え、嘘みたいにたくさん降ってますよ! うわぁ、今日寒かったからですかね」
「おい、いつまでも見てないで早く帰り支度しろ」
「これクリスマスに仕事頑張った私へのサンタからのご褒美かもしれないですよ、隊長」

寒さも疲れも忘れて窓に張り付く私に、背中越しに隊長がちょっと笑った気がした。
雪くらいではしゃいで、とか思われちゃったかな。
振り返った隊長は、既に上着を羽織ってマフラーまで巻き終わっていた。
置いてくぞと言わんばかりにさっさと踵を返した隊長を見て、慌てて上着を引っ掛ける。
温度差の激しい廊下に飛び出し、お待たせしましたと隣に並んだら、隊長がちらりとこちらに目を向けた。


「…………あとはケーキと七面鳥でよかったか?」
「え?」
「飯、食いに行くぞ」

ひやりとした空気が、足を速め一歩先を歩く隊長から流れた。



「――――日番谷隊長、もしかして……」


この、雪は。

ようやく気付いた私の呟きに振り返らない隊長は、相変わらず冷たい空気を纏ったままで。
その背に収まる氷輪丸の、りんという小さな音が聞こえた。

あぁこの人は、なんて。

私の好きな人は、なんてカッコいいんだろう。

後姿を見つめながら、自然と顔が緩んでしまった。


「日番谷隊長。私、今年のクリスマスが今までで一番幸せです」
「そうか、良かったな」
「はいっ。ありがとうございます!」


とびきりのご褒美に興奮を抑えきれず叫んだら、今度こそ隊長の口元が少しだけ緩んだ気がした。

 




ケーキと七面鳥と、それから
(雪まで降らせてくれる、大好きなひと)



title:はちみつトースト




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