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甘い香りがする君



執務室に入ったら、部屋中に甘い匂いが充満していた。


「……松本! ここで菓子を食うなって言ってんだろうが!」
「あ~ら隊長、今日は無礼講ですよぉ。何の日だか知ってます? 10月31日、ハロウィンですよハロウィン」
「はろうぃん?」
「現世じゃ流行ってるらしいですよ。何でもお菓子を貰えるんですって」

そう言ってこちらの注意を聞きもせず、バリバリと焼き菓子を貪っている。
こいつに今更ここは現世じゃなく瀞霊廷だと言っても無駄だろう。
全く、現世でろくでもない知識ばっかり取り入れてきやがる。一層仕事しねぇな、これは。
効果はないと知りながらも聞こえよがしな溜息をついて椅子へと腰をおろすと、松本の手にある小袋に目をやった。
その視線に目ざとく気付いたのか、体ごと振り返るとにんまり笑ってそれをちらつかせる。

「欲しいんですか? 貰える方法、教えましょうか」
「いらねぇよ。菓子になんか興味ねぇ」
「これす~っごい美味しいですよ~。ほらほら、ちゃんとカボチャの形してるんです」
「だからなんだ。くだらねぇ事言ってないで仕事しねぇと減給するぞ」
「何でもハロウィンってカボチャのお化けが主役のお祭りなんですって。だからこれもカボチャ使ってるんですよ」

誰もそんなこと聞いてねぇ。
こういう時の松本との(恐らく意図的だろうが)噛み合わない会話にイラッとしながらも、今一度だから何だと半眼を向けた。

「何でも本来は“Trick or Treat?”って言われたらお菓子をあげないと悪戯されるとかで? まぁここじゃそんな風習ないから、あげる為に言ってもらってるみたいでしたけど」
「……誰が」
「多分隊長用に甘さ控えめのお菓子用意してるんじゃないですか?」
「だから誰が」
「あの子のことだから隊長には言い出し難いんだと思うんですよね~。ほら、隊長真面目ぶってノリ悪いし、しかめっ面してるから。たまには乗ってあげてくださいよ」
「……。……だから誰だって聞いてるだろうが」
「あ、合言葉は“Trick or Treat?”ですからね。忘れないでくださいね」
「おい、人の話を――……」

質問には答えずにっこりと笑みを深めると、松本は言うだけ言って此方に背を向け再び菓子を頬張り始めた。
これ以上答える気はないだろうその背中に、追及の代わりに溜息をついて机の上の書類へと向き合った。



仕事を一段落させて廊下に出たら、なんだか瀞霊廷自体が甘い匂いがする気がした。

「あ、日番谷隊長ちわッス」
「ああ、……」

阿散井や檜佐木とすれ違う際にふと視界に入ったのは、松本の持っていた物と同じ焼き菓子の入った小袋だった。
よく見れば隊長副隊長クラスは勿論、ちらほらと同じ袋を持っている平隊士もいる。
思った以上にそのハロウィンとやらは広まっているらしい。



「あっ、日番谷隊長!」

ぱたぱたと駆け寄る音がして、振り返ると同時にふわりと一層強く甘い匂いが鼻孔をくすぐった。

胡桃沢
「こんにちは! 今からお昼休憩ですか?」
「ああ、まぁ丁度仕事も切りになったからな」

正直昼食には少し遅い時間になったが、これ位のほうが全体的にどこも空いていて気楽でいい。
そうですかと言ったきりそれ以降話を続けるわけでもなく、かといって移動するでもなくそわそわと落ち着かない胡桃沢に、俺は誤魔化すように小さな咳払いをした。

……松本達の持っていた、どう見ても手作りだろう焼き菓子と、飾り紐の包装。
更にはこういう現世事情に詳しい奴。
そして、やりたがるくせに松本と違ってあくまで節度を考えた範囲に収める真面目さ。
加えてこの匂い。俺の知る限りじゃ、当て嵌まるのなんて1人しかいない。
そっと周囲に人がいないことを視線と霊圧で確認して、

「…………あー、……胡桃沢
「はっ、はい!?」

気持ち小声になりながら名前を呼んだら、途端にしゃきっと背筋を伸ばした。
ああ、別に怒るわけじゃねぇからそんなに緊張すんな。
多分いつも以上に皺の寄ってるだろう眉間は、柄でもない真似をしようとしてる所為だから。


「……トリックオアトリート、だったか?」


別に菓子が欲しいわけじゃない。
だけど松本が言うように、本当に俺への菓子も用意してるとしたら、知らない振りでこいつをがっかりさせたくない。
何より、――他の奴が貰ってるのに俺だけ貰ってないのもなんだか癪だ。
妙な照れ臭さを押し殺しながら口にしたら、途端に胡桃沢がぱっと顔を輝かせた。

「は、はいっ! あの……っ」

嬉しそうに腰に巻きつけている袋を漁ると、今日何度も見かけたあの小袋をひとつ取り出し、満面の笑みで俺の方へと差し出した。


「Happy Halloween! 日番谷隊長!」
 




甘い香りがする君
(ちなみに隊長はお菓子持ってます?)(いや……ねぇけど)
(じゃあ私が言ったら悪戯してもいいですか?)(は!?)(あはは、冗談ですよ)(…………)


title:はちみつトースト




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