悩んでる間に三時間経過
気が付けば1ヶ月経っていた。
「えー、隊長お返し用意してないんですか~? あたし楽しみにしてたんですよ」
「お返しも何もお前から何ひとつ貰ってねぇよ。先週から寄越せと言ってる書類すらな」
「今日くらいそんな事忘れさせてくださいよ、野暮ですねぇ」
「むしろ今日くらい思い出せ。書類の期限いつだと思ってんだ松本」
相変わらず朝から仕事をする気配すらない松本にイライラしながら、若干荒くなりつつある声音を必死で押さえる。
こいつがいつも以上に騒いでいるのは今日が3月14日だからだ。
今や尸魂界でもすっかり馴染んでしまった現世の祭り、バレンタインから丁度1ヶ月。
何でもホワイトデーとか言う、男がチョコのお返しをする日らしい。
「じゃあ隊長、めばえにも用意してないんですか?」
「……いらねぇって本人が言ってただろ」
「あのめばえが『お返し3倍で!』なんていうと思います? 遠慮してるに決まってるじゃないですか」
「胡桃沢じゃなくてもそんな強欲な事普通は言わねぇぞ、松本。お前以外は」
「隊長、あたしの事はいいんですよ。それより今日午後からめばえが手伝いに来るって言うのに……」
ちらり、非難するような半眼をこちらに向けた。
「あ~あ、めばえ可哀相。お返しないと知ったらきっとがっかりしますよ~」
「………」
それだけ言い捨てて、さっさと松本は執務室を後にする。
「!! あの野郎、また仕事サボりやがって……!」
いやいやそうじゃねぇ。もうそんな事今更過ぎる。
すっかり手が止まってしまった仕事を一時横に置き、時間を確認した。
胡桃沢が十番隊に来るまであと3時間ほどある。
松本の言うお返しを用意するにしても、充分な時間だ。休憩がてら近くの店に買いに行けばいい。
「いや、けど1人にだけ返すっつーのはどうなんだ?」
俺は先月、胡桃沢以外からも結構色んな奴から寄越された気がする。
断るたび貰ってくれるだけでいいと言われて、毎年返すことはなかったから気にしなかったが、1人だけに返すと言うのは妙に意味深じゃないか?
胡桃沢が言葉通り義理として寄越したのなら、何か用意するのは返って気を使わせるんじゃないのか?
「そもそも、返すって何を返せばいいんだ……?」
しまった。多少の(からかわれる)危険を冒しても松本に聞いておくべきだったか。
他に聞けそうな奴はと隊長格を順に思い浮かべてみるが、何となくどれも気が引ける。
つーか、この状況自体が柄でもねぇ。
「――――ッ馬鹿馬鹿しい、松本に踊らされてるだけじゃねぇか!」
我に返って吹っ切るように仕事を手元に引き寄せた、――が。
『あ~あ、めばえ可哀相。お返しないと知ったらきっとがっかりしますよ~」』
「くそ…」
松本の言葉が妙に引っかかって、仕事がなかなか手に付かない。
わかってる。
欲のない胡桃沢がお返しなんか期待してない事も、あのチョコが特別じゃない事も。
それでも。
何か用意することで、あいつが少しでも喜んでくれるならと思ってしまうのは――……。
「日番谷隊長、いらっしゃいますか? 胡桃沢です」
「胡桃沢!?」
思いがけない声に思わず勢いよく立ち上がった。
扉を開けて遠慮がちに此方へ近づく胡桃沢に、声だけは冷静さを留めて聞き返す。
「どうした、何か用か?」
「え? あの、今日は午後からお手伝いにお邪魔する予定でしたよね?」
「何?」
不思議そうなその顔に、はっとして時計に目をやり、愕然とした。
「…………嘘だろ…………」
悩んでる間に三時間経過
(……おい、今日の帰りに飯でも奢ってやる)(ど、どうして頭抱えてるんですか隊長?)
title:はちみつトースト