何て呼んで欲しい?
報告書を届けにきた柚原が、山積みの書類を見て目を丸くした。
「うわ、すごい量。日番谷隊長、私手伝いましょうか?」
「お前からそんな言葉が聞けるとはな。どういう風の吹き回しだ?」
正直有り難い申し出だが、有り難すぎて逆に不気味だ。
何せこいつは松本の影響か、三席だってのにすぐふらふらと持ち場を離れる癖がある。
唯一松本と違うのは、波が激しいとは言え一応仕事を自身の力で終わらせることだ。
その分、周りを手伝うということもあまりしないんだが。
「やだなぁ、疑っちゃって。人の親切は受けとくもんですよ」
三席として隊長の力になりたいだけです、といつもの様にへらりと笑って書類の山に手を伸ばした。
「……あれ? 隊長これ、五番隊のですか?」
自分でもやれそうなものを選ぼうとして、内容が若干違うことに気が付いたんだろう。首を傾げる。
「忙しいのに他隊の仕事まで引き受けてるって、松本副隊長が言ってたけど本当だったんですね」
「五番隊は今、やれる奴がいないからな」
副官の仕事はまだ上位席官でもなんとかなるが、さすがに隊長業務は埋めようがない。
「雛森もまだ当分動けねぇし」
溜まった疲れを言葉と一緒に吐き出したら、柚原がまたしても目を丸くした。
「……何だ?」
「いえ、雛森副隊長のことも名字で呼ぶんだなーって。幼馴染みなんですよね?」
隊長が名前で誰か呼ぶの聞いたことない、と関係ないことを言い出すから、思わず頭を抱えたくなった。
何でこうも話がころころ変わるんだ。
「ガキじゃねぇんだから当然だ。大体、立場を考えろ。馴れ合ってちゃ部下に示しがつかねぇだろ」
「でも名前で呼んでる隊長とか多いですよ」
京楽隊長とか浮竹隊長とか、と指折り数え始める。
「仲よさそうでいいのに~」
「他隊は他隊、うちはうちだ。それに呼び方ひとつで仲の良し悪しが決まるもんでもねぇだろ」
何よりこいつや松本に、これ以上砕けた態度でいられても困る。
そう続けるより早く、でもと不満そうな声が上がった。
「やる気が違うじゃないですかっ」
「やる気?」
眉を顰めると、柚原がそうそうと何度も頷く。
「日番谷隊長に“小鳩”なんて呼ばれたら、もう張り切っちゃうのに。ほら、なんか特別っぽいし!」
いつもの軽い調子ではしゃぐ柚原を見て、俺は今度こそ頭を抱えた。
全くこいつは……。どこまで本気か冗談かわかりゃしねぇ。
手近にある当たり障りのない書類をいくつか積み上げひと山にすると、それを柚原にどさりと押し付けた。
「ええっ!? ちょ、こんなに!?」
「張り切ってくれるんだろ」
「隊長、私の話聞いてます? それは、」
「ああ、聞いてる。だから頼んだぞ、小鳩」
再び机の上の書類に目を落として、さらりと告げる。
すぐに柚原のふざけた奇声が上がると思いきや、返ってきたのは意外にも沈黙だけだった。
不思議に思って顔を上げたら、そこには真っ赤になって俯く柚原がいた。
「い、いってきます……!」
書類を抱えて飛び出していく柚原があまりに意外で、――――可愛くて。
あいつがすぐに出て行ってくれてよかったと、熱を持ち始めた頬を押さえてそう思った。
何て呼んで欲しい?
(効果抜群だな)(あいつにも、……俺にも)
title:恋したくなるお題