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俺は今、どんな顔してる?



「隊長~。めばえから差し入れが届いてますよ」
「差し入れ?」
「勤務時間過ぎたら渡してくださいって言われてたんです」


書類から顔を上げると同時に、松本が机へと黒い何かの乗った皿を置いた。

「……何だこりゃ?」
「ティラミスですって。なんでも現世のケーキって言うお菓子の種類だとか」

昨日味見させてもらったけど、ちょっと大人の味で美味しいんですよ~、と松本は上機嫌だ。
……なるほど、気のせいかこの菓子からは酒の匂いがする。松本が気に入るはずだ。
手の平サイズの四角いそれには、よくよく見ると全体的に焦げ茶色の粉がかかっている。
きな粉みたいなもんだろうか。
元からあまり菓子類は口にしないし、特に腹が減ってるわけでもない。
取り合えず切の良い所まで終わらせようと、菓子には手付けずに書類へと視線を戻した。

「食べないんですか? めばえ可哀相。一生懸命作ってたのに」
「食わねえとは言ってねぇだろ。後で食う」

今食べようものなら、いかにも書類が汚れそうな食い物だろうが。

「そうそう。めばえに聞いたんですけど、何でもティラミスって“私を元気にして”って意味なんだそうですよ」
「へぇ」
「仕事の後にぴったりですよね。あの子らしい心遣いっていうか」
「そうだな」
「あら。なんか興味なさそうですね隊長」

俺がまだ仕事してんのが見えねぇのか、こいつは。

「つーか、なんでわざわざ差し入れなんだ?」

胡桃沢は十番隊にもよく手伝いにくるが、こうやって差し入れを持ってくるのは初めてだ。
正直その行為自体は嬉しいんだが、気まぐれに動くタイプじゃねぇから突然なんだという疑問も残る。
あいつは俺がこういったものを特に好んでないことくらい百も承知のはずだ。
見慣れないそのティラミスとやらを見ながら呟けば、松本は大袈裟なくらい目を丸くした。


「やだ隊長、気付いてなかったんですか?」
「……何が」
「隊長、今日誕生日じゃないですか」


呆れたと言うように溜息交じりで返された。
一瞬イラつきかけた感情が一気に冷める。

「現世じゃ誕生日にはケーキでお祝いするんだとか。だからどうしても隊長の為にって頑張ってたんですよ~」


俺の為。
その言葉には少しばかりどきりとする。


「……そうか。現世贔屓のあいつらしいな」

誤魔化す様に書類に目を落としたままいつもの調子で返すと、松本は期待外れとばかりに肩を竦めた。
この野郎、やっぱり胡桃沢絡みでからかう気だったな。その手には乗るか。



「じゃあ隊長でも興味のある話をしましょうか」

笑みを含んだ声に、思わず眉を顰めて顔を上げる。
それに気付いた松本が、口元に浮かんだ笑みを一層深めた。


「ティラミスには“私を恋人にして”って意味もあるんだそうですよ」


「…………何?」
「それじゃ、あたしは先に失礼しますね。お疲れさまでーす」

唖然とする俺を見て満足したのか、松本は楽しげな様子でくるりと踵を返した。
そして、

「あぁ、そうだ隊長。これからめばえが来ますから」

やっぱり直接お祝いもしたいとかで。
閉まりかける扉の向こうからそう続けると、ひらひらと手を振って帰って行った。
俺はといえば1人執務室に残され、ただひたすら胡桃沢の差し入れと向かい合うことになり。


「……松本の奴……。今の話、嘘だったらタダじゃおかねぇぞ……」


思わず呟いて、片手でじわじわと熱を持っていく顔を覆った。





俺は今、どんな顔してる?
(バカヤロウ松本)(これじゃあいつが来るまで、仕事が手につかねぇだろ)




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