とびきり甘い一日を、きみと
夜の空座町の空へ飛び出すと、鳴木市との境目に、いつも同じ死覇装姿がみえる。
「めばえ!」
その後姿に駆け寄って声をかけると、名前を呼ばれた死神がくるりと振り向いた。
大きな目が俺を捕らえるなり、いつも通り柔らかい笑顔が向けられる。
「こんばんは、一護くん。今日はちょっと遅めだね?」
「遊子が張り切って夕飯作りすぎてよ。ケーキまで片付けてたら手間取った」
屋根に座るめばえの隣に同じように腰を下ろして、つい苦しげな息を吐く。
飯は美味かったけど、それにしても量が多かった。
せめてケーキは遠慮しようと思ったのに、遊子と夏梨が一生懸命作ったんだと訴えられたら、兄としてはやっぱり断れないもので。
「ケーキ?」
きょとんとめばえが俺を見上げた。
「今日は何かの記念日だったの?」
誰かの誕生日とか?と更に問うめばえに、俺は「あー」だの「うー」だの、曖昧な返事を返す。
こういうのって自分から言い辛いんだよな。
なんつーか、催促してるみたいで。
「……俺の、誕生日」
何となく気恥ずかしくて、目を合わせないようにぼそりと口にする。
途端に、えええと隣から大声が上がった。
「そうだったの!? おめでとうっ! えっどうしよう、私何も用意してないよ」
「いや、別にいいってそんなの」
「よくないよ!」
いきなりあたふたし始めためばえを落ち着かせようとしたら、逆にぴしゃりと言い返された。
「私だってちゃんと一護くんが生まれてきたお祝いしたいんだから!」
友達やご家族からもお祝いしてもらったんでしょ?と、焦ったような、すねた様な顔をする。
黙ってるなんてズルイとでも言わんばかりで、なんだかそれがいつも以上に幼く見えた。
口に出したら怒られそうだが、こういう姿はあんまり見ない所為か、……ちょっと可愛い。
「どうしよう、今からじゃどこもお店やってないよね……」
何を買おうとしてるのか知らないが、深夜帯といえる時間じゃコンビニくらいしか開いてない。
うーんという唸り声が聞こえそうなくらい眉を寄せるめばえに、俺は思わず苦笑いした。
「マジでいいって。別に今、欲しいものなんてねぇよ」
こいつがおめでとうって言ってくれただけで、祝おうとしてくれたことだけで、俺としては充分だ。
こうやって誕生日を一緒に過ごせるだけで、結構満足してたりする。
ちらりとめばえを見れば、俺の言葉には納得していないらしく、でもと酷く残念そうに肩を落としていた。
どうしても何か、俺を喜ばせることをしたいらしい。
その顔を見たら、少しだけ欲が出た。
こうやって仕事の合間にちょっと会うんじゃなくて、普通の高校生らしい何かが出来ねぇか、とか。
「あっ、やべ!」
わざとらしさに若干恥ずかしくなりながら声を上げたら、めばえが目を丸くして此方を向いた。
「なっ、何?」
「いやその、み、見たい映画があったんだけど、確か土曜までなんだよな」
今週の?という問いに、ぎこちなくひとつ頷く。
「なかなか水色達と予定あわなくてさ。けど1人で行くのは気が引けるっつーか…」
ぼそぼそと続けながら隣の様子を伺うとほぼ同時、めばえががしっと俺の死覇装の袖を掴んだ。
「わ、私でよければ! 付き合う!!」
「え、マジ?」
俺を覗き込むその勢いに、一瞬押されそうになりながらも聞き返すと、めばえはうんと大きく頷いた。
「浦原さんに義骸借りてくるから、その日は1日貸し切りでお祝いさせてね」
それは逆を返せば、俺にとってもめばえを1日貸し切れるってことだよな。
街で見かける普通の高校生の、デートみたいな真似が出来るっつーことで。
ちょっと待ってねと、すぐに浦原さんに連絡を取り始めためばえにばれないように、
「……っし!」
俺は緩みまくった顔で小さくガッツポーズをした。