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「ありがとう」はこっちの台詞



「俺って才能ねぇんだと思うか?」


ぼつりと呟いた言葉に、書類整理を手伝っていためばえが、目を丸くして振り返る。

「才能って、ギターのですか?」
「……俺、そんなに下手か?」
「あはは、個性的ではありますよね」

要するに下手って事か。物は言いようだな。

「じゃなくて、阿散井だよ。あいつ、ものの数日で卍解出来る様になっただろ」

ギターの腕前はとりあえず発展途上って事で置いといて、話を本題に戻した。


「卍解は隊長になるには必須だし、短期間で会得したって事は才能がある証拠だと思ったんだよ」

下手したら抜けた三隊のうちのどこかに、阿散井が隊長として着任するかもしれない。
実際他に卍解できる奴はいないし、いつまでも空席にしとくわけにもいかないと思ったら、それも可能性がないわけじゃない。
先輩後輩に拘るわけじゃないが、東仙隊長の後釜に着かれるのには、正直ちょっと抵抗がある。
ふとそんなことを考えて口にしてしちまったが、こんな事を聞かれてもめばえには困るだけだろう。
ついこいつの喋りやすさに甘えてしまったことに今更後悔する。

「才能とかはよくわかりませんけど……」

悪いと言おうとした途端、一生懸命考えてくれていたのかめばえは首を傾げたあと、


「檜佐木副隊長だって充分あると思ってますよ、隊長の素質」


と、やけにはっきりとした口調で返した。

「隊士達にも慕われてるし、的確な指示も出来るし、隊長権限代行を立派にこなせてるじゃないですか」

自分の言った言葉に自分で納得したのか、少し難しかったその顔に、見る見るうちに明るさが戻る。

「こなせてる、か?俺」
「はい。きっともういつ隊長になっても大丈夫ですよ!」

苦笑する俺に、ちょっとだけ調子よくめばえが笑った。
なんだかんだで落ち気味の俺を励まそうとしてくれてんだろう。その笑顔につられる。

「じゃあそれこそ、早いとこ卍解会得しきなきゃならねぇな」

もっともそれが出来ないからこの話になったんだが。

「でも阿散井先輩が会得したのって、幼馴染を助けようとした時だって聞きました。きっときっかけが必要なんじゃないですか?」
言うなり細い指を一本立てて、目の前の山積みされた書類を指した。
「檜佐木副隊長は今こんな状態なんです。才能云々じゃなく、ただ卍解まで気が回らないだけだと思いますよ」

確かに今までの通常業務に上乗せして、隊長業務も兼任してる分、残業も増えて時間に追われる日々ではある。
俺の沈黙を同意と見たのか、めばえはほらそうでしょう?と得意げな顔をした。


「私、思うんですけど」
「あん?」
「檜佐木副隊長が側にいてくれると、安心して頑張れるんです。それってきっと、卍解出来るよりも隊長に必要な素質ですよね」

努力とかで得られるものじゃないから、余計に。

付け加えて、やっぱり自分の言葉に納得したのか満足したのか、うんと頷いて満面の笑みを浮かべた。
それから気を取り直したかのように、よし!と腕捲りをする。

「卍解会得するための時間は、私が一杯お手伝いして作りますから。まずはこの書類の山、片付けちゃいましょう!」
「お、おう!」
「それじゃこっちとこっち、確認印をお願いします。この書類は私が後で届けておきますね」

てきぱきと終わらせた書類の束を俺の机へと運んでくる。
覗き込んだそれにはめばえの綺麗な字でしっかりと必要事項を埋め尽くしてあり、俺が見てわかりやすいように要点だけを抜いたメモがつけられていた。
本当に少しでも早く終わらせようとしてくれているのか、めばえの動きが先程よりも若干動きが早くなった気がする。
それがなんだか微笑ましくて、我知らず口元がほころんだ。


めばえ、お前さ」

後姿に声をかけたら、書類を纏めていた手を一旦止めて、なんですかと振り返った。


「……もし俺が隊長になれたら、お前を副隊長に推薦してもいいか?」


めばえは。
驚いたのか目をぱちぱちさせ、暫くの間俺を見つめたあと、


「ありがとうございます! じゃあ、期待に沿えるように一生懸命頑張りますね」


そういってにっこりと笑顔を返した。
変な謙遜も遠慮もないその言葉が嬉しくて、俺も同じように目を細めた。




「ありがとう」はこっちの台詞

(お前がいるから、俺はきっと頑張れるんだ)





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