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向けられる感情が甘くて



握り締めた両手の中にあるのは、二枚のチケットという私の切り札。
今日こそはと気合を入れて、待ち伏せた廊下で通りすがりのその人の目の前に突き出した。


「うっ、笛吹さん! よければ今度のお休みに私と……!」
「断る」


ばっさり。

聞き返すより先に、憧れのその人はさっさと私の横を通り過ぎていく。
連戦連敗。最終兵器はその効力を発揮する事はないまま、ただの紙くずに変わった。
笛吹さんのあまりの一蹴っぷりに感心すらして、暫く呆然とその小柄な後姿を見送ってしまった。




「“不思議な森の動物達”」


聞き覚えのあるその題名に我に返って振り返ったら、同じ課の後輩である篚口が、長方形の紙をちょうど拾い上げたところだった。
ふと自分の手を見ると、手にしていたはずの映画のチケットが姿を消している。
思考が停止していた間に、どうやら手から滑り落ちていたらしい。


「なにこのつまんなそうなタイトル」
「ぎゃああ、返して篚口!」
「おーっと」


取り返そうと伸ばした手をひょいとかわして、生意気な後輩は私の切り札を顔の辺りでひらひらさせた。

「拾ってやったのにそんな言い方ないんじゃない?」
「……アリガトウゴザイマシタ。はい、返して」
「今時こんな映画、小学生でも見ないと思うけど。小鳩さん買うの恥ずかしくなかった?」
「うん、人のいないとき見計らって……って、もういいから返してよ~っ」

情けない声と共に片手を出すものの、篚口からは一向に返す気配が感じられない。
ふーん、なんて興味があるのかないのか分からない顔でそれをじっと見るばかりだ。
元切り札という名の、動物メインてこと以外よくわかんな…もとい、癒し系映画のチケットを。


「まぁ、誰の趣味かはわかるけど」

ちらりと私をみて、今度は物で釣るつもりだったんだ?とニヤリとする。
元々笛吹さんを追いかけている事を隠してはないけど、それとなく協力を頼んでいた篚口に探られるとやっぱりちょっと居心地が悪い。

「釣るも何も。餌としてぶら下げる前に跳ね除けられたよ」


……我ながら切なすぎる。自嘲混じりに言ったもののさすがにちょっと居た堪れなくて、ふいと後輩から目を逸らした。
マジ?ひっでぇ、なんて篚口が肩を竦めるのが気配でわかった。


それにしても笛吹さん。
今までも何度か断られてきたけど、今回はもう私ってだけで断るつもりだったんじゃないだろうか。
最後まで言わせてもらえなかった辺り、その線が強い。
いい加減見込みがないのは分かってるんだから、諦めるべきなんだろうなとは思う。
なかなか吹っ切る勇気が持てなかったけど。

冗談半分本気半分の誘い方は、また次があるって切り替えられてダメージも少なくてすんだ。
だけどそれを終わりにするとなると、リアルに振られたって現実だけが突きつけられるから困る。
なんだか鼻の奥がつんとしてきて、誤魔化すように慌てて擦った。

ああもう、タイミング悪いなこの子ってば。
チケット持ったまま此方を見つめる篚口を少しだけ睨んでやる。
振られた直後くらい感傷に浸りたいのに、いつもいつも居合わせるせいで、強がることしかさせてもらえない。



「ほら、もー返しなって」
小鳩さんさぁ、もうやめれば?」


どうしてこの子はこうも容赦なく傷口をえぐってくれるのか。
いっそこの映画のチケットも、このまま押し付けてしまえばいいのかもしれない。
正直いって駄作だろうこの映画に、他の誰かを誘うことなんて出来ないし。
だけど情けなくもそこまで割り切れず、返事の代わりに溜息を吐きながら再びチケットを奪い返そうと手を伸ばしたら、今度はその手を捕まれた。
顔を上げたら予想外の近距離に篚口がいて、思わず目を丸くして息を飲む。


「ちょっと、なに……」
「こういう時を狙ってたみたいで悪いんだけど」

さっきまでのへらへらした態度はどこへ行ったのか。私の言葉を遮って、篚口の視線がまっすぐに私を捉えた。


「あんな人誘うくらいなら、俺とデートしてよ」


どんなつまんない映画もつきあうからさ。



ちょっとだけ照れたような顔が、始めて聞く余裕のない声が、不覚にも何だか妙にじんと来て。
ようやく、言葉の意味に気が付いた。



きっと彼は、私が笛吹さんを追いかけている間、ずっと私を追いかけていてくれたんだ。





向けられる感情が甘くて

(今頷いてしまうのは、やっぱりズルイんだろうか)


title:INVISIBLE GARDEN



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