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握った手のぬくもり


「轟くん、日曜日って予定ある? もし空いてたらランチいこ!」

今年の轟くんの誕生日は三連休のど真ん中。
クラスメートとのバースデーパーティは夜にやることになってるから、プライベートの予定がなければ夕方までは空いてるはず。そう願いを込めて聞いてみたら、あぁと柔らかい笑顔で頷いてくれた。
先日たまたま見つけた和食屋さん、彼の好きなお蕎麦の種類が多く味もとっても美味しかった。
お値段の割に雰囲気も良かったから、お祝いするのに丁度いいと予定を聞く前に先走って予約をしてきてしまったのだ。轟くんが頷いてくれて正直ほっとしている。

「どこに行くんだ?」
「内緒~。でも期待していいよ!」

物欲のあまりなさそうな轟くんだけど、好物を食べてるときはちょっと幸せそうで、私はその顔を見るのが好きだった。
プレゼントは夜にみんなであげることになってるし、残念ながらかしこまって何かをするほど友達の枠から出ていないので、あくまで一方的な自己満足程度ではあるのだけど。
それでも短い時間とはいえ誕生日という特別な日に2人だけでお祝いできるのは、やっぱり嬉しい。
デートと言うのはおこがましいけど、ちょっとだけお洒落して楽しくお喋りして、彼が幸せそうに舌鼓を打ってくれたら百点満点だ。

そうしてうきうきして迎えた誕生日当日には、


――――今年一番の大寒波が到来した。





「さささささっむ!!!?」
「お。……ちょうど吹雪いてきたな」

お蕎麦屋さんに入るまではまだ良かった。
ちょっと早めのランチにしたのが良かったようで、行き道は風も強くて冷えたけどスカートから覗いた足もなんとか耐えられる程度。
店内はしっかり暖かかくしてくれてあって、ざる蕎麦も美味しく食べられた。轟くんも喜んでくれたと思う。
だがしかし、扉を開けたら異世界でしたと言いたくなるレベルで食後の店外は一面真っ白に染まっていた。

「ごめんね!? まさかこんな事になるとは思ってなくて!!」
「天候は仕方ねぇだろ。……それより大丈夫か? お前早々に唇青くなってきてるぞ」
「さ、さすがに雪は想定外過ぎて対策が追いついてなくて」

スカートなんて履いてくるんじゃなかった。鳥肌凄いことになってそう。
まだ温かいお蕎麦食べてたら暫くは防寒対策になってたかもしれないのに。
何故こんな日にざる蕎麦?って言わんばかりに向けられた店員さんの目を思い出す。

「温かいもの頼めば良かったね。よりによって体の芯から冷やしちゃった気がする」
「俺は体温調整出来るからそれほど気にならねぇけど」
「そうかー! いいな、便利だね!」

でもそれなら轟くんが寒さに震えてるということはなさそうで安心した。後は私が耐えればいいのだ。
電車が止まる可能性もあるから急がなくちゃ。歩いて帰れない距離じゃないけど、この寒さじゃ凍死してしまう。……私が。

「俺より柚原の方が限界だろ」
「まだ大丈夫! でもあんまりいい思い出になんなかったね」
「そんな事ねぇ。俺が好きだから蕎麦の美味いところ探してくれたんだろ。それだけでもすげぇ嬉しい思い出になった」
「うぅ、轟くんのその言葉で今めちゃくちゃ心温まったよ……!」

お陰でなんとか寮まで雪に立ち向かう気力が持てそう。
まずは駅まで。気合いを入れ直すためにもかじかむ指先にはぁっと息をかけこすり合わせた。


「なぁ、まだ時間あるだろ? なんか温かい物でも飲んで帰らねぇか」
「いいの!? 正直すごい嬉しい」
「そうか、良かった。俺ももう少し柚原と一緒に入れて嬉しいよ」
「えっ」


なんか今さらっと凄いこと言われた気がする。
感覚がなくなりかけてる足が止まって、思わず隣を見上げた。
こちらを柔らかく見つめていたらしい二色の瞳とばっちりかち合って、一瞬じゅわっと顔の周りの雪が溶ける。


「っい、今、一気に体温も上がった気がする……!」
「そうなのか? でも手はまだ冷たそうだな。片方だけでも温めさせてくれ」


今日のお礼に。


そう言って左手で私の右手をさらっていった。
触れている右手と、距離の縮まった右半身と、激しく運動を始めた心臓のせいで、外からも中からもじんわりと熱が広がっていく。

友達の枠に収まっていると思っていたけど、もしかしてちょっとははみ出しているんだろうか。

期待なんてものをしても、いいんだろうか。



彼の上着のポケットに導かれていく自分の右手をまるで他人事のように呆然と見送りながら、真っ白に染まった道を歩いていく。


もう、寒さなんて感じなかった。




握った手のぬくもり

(今はそれしか、わからない)


title:はちみつトースト



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