何て書こうか?
今日の放課後は絶対に食堂に来てくれと、珍しく小鳩から念を押した連絡が来た。
雄英が全寮制になってから幼馴染みとは言え普通科の小鳩とはあまり会う機会もなく、かと言ってこうして呼び出されるのも滅多にないから正直驚いた。
何かあったのかと気持ち急いで向かったら、当の本人は俺を見るなりへらりとしたいつもの笑顔を向ける。
「はいこれ、焦凍くんの分!」
ぽんと手の平に乗せられたのは長細く切られた水色の紙と、サインペン。
「何だ、これ」
「短冊だよ。ほら、もうすぐ七夕だから願い事一緒に書こうと思って」
何でも商店街の真ん中にでかい笹が飾ってあるらしく、願い事を書いた短冊を吊るせるようになっているらしい。
こんなものを渡すためにあんな切羽詰まった書き方をしたのかと拍子抜けしたが、そう言えば小鳩は子供の頃からこういった類の行事が好きだった。
七夕だけでなく節分だの収穫祭だの、地元の小さな行事にもよく誘いに来ては半分位親父に追い返されていた気がする。
それでもめげずに声をかけ続けてくれたからこそ、こいつとは今もこうしていられるんだろうが。
ペンを手に楽しそうに短冊と向き合っている小鳩を見れば、視線に気付いたのか此方を向いて首を傾げた。
「願い事書いたら私に寄越してね。一緒に吊るしてくるから」
「ああ、悪いな」
「いいよぉ。このために外出許可貰いに行くんじゃ大変だし」
その代わり焦凍くんの願い事は見ちゃうけど、なんて悪戯っぽく笑ってみせるが、そもそも見られて困る様な内容を書く予定はないから頷いておいた。
「“ヒーローになる”……焦凍くんのっていつも思うけど願ってないよね。抱負だよねこれ」
「他人に叶えてもらいたい願いもないからな。そういう小鳩は何て書いたんだ?」
「えっ」
何の気なしに聞き返したら、小鳩は一瞬酷く焦った顔を見せた後、視線を彷徨わせながらぼそりと呟いた。
「か、彼氏が出来ますように……? ――って、何その顔、そんな驚く!?」
「あ、いや、悪い。お前が上鳴や峰田みたいな事言うのがちょっと意外で」
「私だって高校生なんですけど!」
そう不貞腐れて唇を尖らせる様子が幼い頃のままで、やっぱり何だか不思議な感じがする。
夏はイベントが多いから彼女が欲しくなると上鳴が言っていたが、小鳩もそうなんだろうか。
だとしたら上鳴と小鳩が出会ったら、そこで同じ願いの者同士纏まったりするんだろうか。
焦凍くん焦凍くんと俺の名前を呼んでついて回る印象が強くて、上鳴を優先する姿が想像つかない。
…………いや、つかないんじゃない。
したくねぇんだ。
小鳩が俺じゃなく上鳴の隣にいる姿も、俺以外の名前を嬉しそうに呼ぶ声も、ましてや誰かに笑顔で触れたりする所なんて。
――――考えたくもねぇ。
「焦凍くん?どしたの?」
2人分の短冊を持って立ち上がった小鳩が、一向に動かない俺に気付いて覗き込む様に首を傾げる。
その気配を感じて、顔を上げるより先に短冊を持つその細い腕を掴んだ。
沸き上がったもやもやとした気持ち。それが何を意味するのか、気付いた時にはもう言葉になっていた。
「その彼氏ってのは、俺でもいいのか?」
「へ!?」
裏返る声に視線を向けると、小鳩はこれでもかと言う位に目を見開いていた。
一拍置いて、今度はじわじわと顔を赤くする。
「え、あの、それは、」
「いいなら、お前のその願いは俺が叶えてぇ。短冊は書き直してくれ」
「ま、待って待って!? 焦凍くん何言ってるか分かってる!?」
「ああ。だから俺でもいいのか聞いてる」
真っ直ぐに向けた視線がぶつかって、小鳩はぱくぱくと口だけを動かした。
「俺はずっとお前に隣に居てもらいてぇ。多分、ずっと好き、……だったんだと思う」
「……え、だと思う?」
「誰かに取られんのが嫌だと思ったのが今なんだ」
正直に伝えると、小鳩は呆れた様な困った様な何とも言えない顔をした。
さっきも言葉を探して口を開けたままだったが、今度は単純に絶句しているのかもしれない。
取り敢えず、もう一度聞いてみることにした。
「……それで、いいのか?」
「いいもなにも!」
自棄になった様に叫んで、ここが食堂だったと思い出したのか咄嗟に口を噤む。
素早く目線だけで周囲の様子を伺って、再びすとんと俺の隣へ腰を下ろした。
「私は元々、……誰でもいいなんて思ってないよ」
手にした短冊に視線を釘付けにして、赤い顔のままぽつりと呟く。
「焦凍くんはきっと鈍いと思ってたけど、こんなにとは思わなかった」
「悪い」
どこか拗ねた様な言い方に謝罪しつつも、安堵と共に思わず顔が綻んだのが分かった。
じゃあこれは書き直しだなと掴んでいた手を離して、代わりに小鳩の赤い短冊を抜き取っておく。
「短冊、もう一枚あるのか?」
「あるよ、あるけど……」
「? なんだ?」
歯切れの悪い言い方に首を傾げると、小鳩はちらりと俺を見た後照れ臭そうに眉を下げて笑った。