いつの間にか、恋してました
冬休み明け早々、クラス屈指のイケメン轟くんの誕生日があるらしい。
みんなで何かお祝いをしようと女子で集まって話をしていたら、梅雨ちゃんが
「小鳩ちゃんは仲がいいから個人で贈り物とかした方がいいんじゃないかしら」
と言うので「そんなに仲良かったっけ?」と思いつつも悪い気はせず頷いた。
あんまり意識したことはなかったけど、言われてみれば一緒にいる事が他の人より多いから、仲良しと言われればそうなのかもしれない。
ただ口数の少ない彼だから、会話が盛り上がってると言うより一方的に私が喋るイメージではあるけど。
どんなにくだらない話でもちゃんと聞いてくれるし返事もくれるので、居心地の良さから私が勝手に懐いてるだけの気がしないでも……い、いや迷惑そうな顔はされてないし!
演習のペアにも誘ってくれるから一方通行なんかじゃないはずだ。うんそう、きっと仲がいい。
そうやって一人納得したところでふと気付く。
…………私、プレゼントとか選ぶの苦手なんだよなぁ…………。
しかも相手はあの超クールな轟くんだし。あんまり表情に出さないから好みも分かり辛い。
あの人、そもそも物欲とかあるの?全体的にドライなんだけど。
「轟くんの好きなものとか知ってる?」
「え……お蕎麦食べてるのはよく見るけど」
「物に執着なさそうだよね轟って」
「柚原さんがご存じでないなら他に詳しい方はいらっしゃらないのでは……」
たまりかねてヘルプを出したのに何の情報も得られなかった。
女子がだめなら男子に聞くか……いやもう同じような答えしか返ってこない気がする。
悩みに悩んだ挙句、長時間考えるのが苦手な私は、とうとう頭が爆発する前に禁じ手に出ることにした。
そう、その名も直談判!!
本当はサプライズにする方が嬉しいとは思うんだけど、好みじゃないもの貰うよりはいいと思うんだ。
決して選ぶのが面倒とかじゃないんだよ?欲しい物貰った方が無駄にならないし、ほらあれだ。相澤先生の言葉を借りるなら合理的ってやつですよ。
欲しいものをワクワクしながら待つのもいいと思うんだよね。
……とか何とか妥協したことを正論で誤魔化してるけど、そうだよ、私のセンスゼロのプレゼント渡して微妙な反応されたくない!!
せっかくなら一番喜んで欲しい!!って言うのが本音だよ!!
「と言うことで轟くんて今欲しいものある?」
「何がだ? いきなり話し出したろお前」
どすんと彼の席の前に後ろ向きに座って本題を切り出したら、至極冷静に突っ込まれた。
「いいから答えてよ。今欲しいものは?」
「……エンデヴァー以上の技とか」
「それは応援させてもらうとして。物質で」
「特にねぇ」
「言うと思った! 貰って嬉しい物とかないの?」
「貰えりゃなんでも嬉しいんじゃねぇか」
「気持ちが嬉しいとかじゃなくてさ~、本当に喜んでもらいたいんだってば」
椅子の背もたれに腕を乗せると、そこにばたりと顔を突っ伏した。
予想はしてたけど手強い。もう唯一割れてる好物、蕎麦を自分で作れるキットでもあげようかと思ったけど多分作ってまで食べようとするタイプじゃない。
これはいよいよ学食で蕎麦祭りかなと思っていたら、「なぁ、」と思案交じりに轟くんが口を開いた。
「俺が嬉しければ何でもいいのか?」
「まぁそうだね。だから手の届く範囲で欲しいものを教えてよ。手の届く範囲で」
庶民の予算という上限があるので念を押しておく。轟くんてお坊ちゃんらしいので。
「じゃあ柚原の欲しいものだな」
「え?なんで私の?」
「自分の欲しいものをあげるのがいいって言うだろ」
「言うかな!? いやお土産とかならアリかもだけど、轟くんアクセとかコスメとか貰ったらどうすんの? 使うの?」
「使わねぇけど参考にはなるんじゃねぇか」
「参考ってなんの」
「誕生日とか、柚原にやるのに」
「ん!?」
何か今おかしいこと言わなかった? 誕プレを探してるのは私の方だよね???
「欲しいものが分かれば喜んで受け取ってもらえるだろ」
「だってそれじゃ私は喜んでもらえないじゃん」
「お前が喜ぶことで喜ぶから問題ねぇ」
「いや問題あるでしょ。だって私の欲しいもので喜ぶのは私であって……あれ? うん?」
もう轟くんが何を言ってるのか全然わかんなくなっきた。
待って難しいこと言わないで。思わず沸騰しそうな頭を両手で抱え込む。
天然の彼の言葉は時々宇宙語だ。
「そもそも轟くんには私を喜ばせる理由がないでしょ」
誕生日を目の前にした私と違って、と胸中で付け加えながら恨めしそうに目だけを彼へ向けると、
「緑谷が言うには、誰かを特別喜ばせたいと思うのは恋らしい」
「…………はい
「柚原の誕生日とか、記念日とか、プレゼントする事があるなら俺が一番お前を喜ばせたいと思ってる」
だからお前の欲しいものをくれと続ける彼をぽかんと眺めて、じゃあ結局私は彼を一番喜ばせることができないんだろうかと堂々巡りに突入した。
そんなのずるい。轟くんは私を一番喜ばせることが出来るのに、私は一番喜ばせられないなんて。
私だって誰より喜んでもらいたいと思ってるのに。
その為に轟くんのことばかり考えて(私にしては)結構悩んでたっていうのに。
ずるい。ずるいずるいずるい。私だって轟くんに嬉しいって言わせたいのに!
ふつふつと湧き上がる何かがピークに達しそうになったその時、
『誰かを特別喜ばせたいと思うのは恋らしい』
ぽんっとさっきの轟くんの言葉が蘇って、湧き上がった色々な感情と一緒に吹き飛んだ。
――――あ、れ……?
これってもしかして。私、もしかして。
「そう言えば柚原は何で――……」
「待って轟くん、言わないでっっっ!!!!」
端正な顔を両手で押さえつけるようにして口を塞ぐ私を、轟くん本人だけならずクラス中がぎょっとして振り返る。
それでも手を離さず、恐らく真っ赤になったであろう顔をあらゆる視線から逃れるため下に向けた。
――――今になって気付くなんて、こんなこと。