menu

触れられて巡る予感


「エンデヴァー事務所でもパトロールってやるんだなぁ…」


ぼんやりしてたら眠気さえも呼び寄せそうな麗らかな昼下がり。
平和さにぽつりと零したら、2歩ほど先を歩く爆豪くんから「当たり前だろうが」と呆れ声が返ってきた。
半分独り言のつもりだったので返事が返ってきたことにちょっとびっくりする。

「のんびり事務所で茶を啜ってても敵は見つかんねぇんだよ」
「いや敵探ししてんじゃないけど」

いくら戦闘タイプのエンデヴァー事務所だといってもパトロールでいつも敵と遭遇するわけじゃないだろう。人助けだってヒーローの仕事だ。

「あのオッサンがサボってると思ってたんか」
「いや思ってないよ!? 単純にNO1ヒーローでもやる事一緒なんだなと思っただけで」
「確かに事務所で偉そうにふんぞり返ってる方が似合うもんなぁ?」
「ちょちょちょ、私そこまで思ってないし言ってないからね!?」

にやりと口角を吊り上げて追い打ちかけてくる顔はヒーローと言うより敵そのものだ。

「やめてよ、私の立場で悪口言ってたとか万が一でも広まったら追い出されちゃうよ」

自分が言ったわけでもないのに慌てて周りを見回してしまう。
なんせ私はこの爆豪くんや緑谷くんたちと違いギリギリまでインターン先が決まらず、見かねた轟くんに完全にお情けで拾ってもらった身だ。
轟家の機嫌を損ねるのは色んな意味で危険すぎる。
まぁそんな事を訴えたところで爆豪くんはそうかよとか他人事なのだが。


「それよりテメェ、くだらねぇ事でやたらそれ使うんじゃねぇぞ」

じろりと横目で彼が見たのは私の耳にあるインカムだ。
何かあった時即エンデヴァー事務所と連絡がつくパトロールの必需品。
ちなみに今回爆豪くんと私、轟くんと緑谷くんでペアを組んでいるけどインカムを持たされているのは私と緑谷くんだ。
A組ツートップは最悪の事態にならねば連絡を寄越さないだろうからという事務所の推測で、多分それは間違ってない。
ちなみに組み分けは言わずもがな爆豪くんとの相性問題で、何だか生贄に捧げられた気分である。(きっと緑谷くんが本当にごめんねとか謝り倒してきたからだ)


「さすがに自分達で対応できる事なら呼ばないよ」
敵と遭遇したら例えどんな小物でも一応報告はしておくつもりだけど。……とは思っていても言わないが。
取り合えず私の答えにまぁまぁ満足したらしい爆豪くんはふんと鼻を鳴らして再びこちらに背を向けた。
さっさと1人で歩いて行ってしまうかと思っていたが、意外にも職務には従順なのか歩く速度を幾分か落としてくれているらしい。常に手を伸ばせば届く位置にいる。
ちょっと荒っぽい性格ではあるものの、判断力や戦闘力に長けた彼が近くにいてくれるというのはやっぱり心強い。

ほっと小さく胸を撫で下ろした時だった。
道を挟んだ向こう側、路地のある方で顔を真っ青にして何かを探している女性が目に入る。
間を車が通りすぎるために何を言っているのかまでは聞き取れないが、人の名前の様だから子供でも探しているのかもしれない。

「爆豪くん、」
「わかってる」

さすがは爆豪くん、視野も広い。とっくに気が付いていたらしく、みなまで言うなと片手で制されて頷いた。
ついでにさっさと私を置いて道を渡ろうとしている。対話もままならない奴が1人でいかないで欲しい。

「おい――……」
「どうしました?」

ふんぞり返って完全に威圧してるようにしか見えない彼の前にすかさず割り込んでにっこり笑顔で問いかけると、女性は一瞬びくりとしたものの申し訳なさそうに私を見ながら口を開いた。
うんよし、癒し系と言われるこの顔が間に合ったな。後ろで響いた舌打ちは聞かなかったことにしておこう。
ともかく話を聞いたところ、まだ幼いお子さんが会計をしている間に居なくなってしまったらしい。
割とやんちゃな男の子らしいので迷子か誘拐か怪しい所だ。
取り合えず誘拐の決定打が見つからない限り事務所には連絡をせず(真っ先に釘刺された)2人で近辺から探すことにした。


「あの、もしあの子を見つけたら体液に触れないように気を付けてください。その……思考を映像化する個性なんです」
「……? はい、わかりました」
「おい! もたもたすんな。さっさと探すぞ」

体液って言うと血とか汗とかかな。よくわからないけれどまぁ映像化位ならケガや命に関わるような危険はなさそうだし、特に問題はないだろう。
迷子より誘拐であることを期待してそうなギラギラしたクラスメイトの後を追いながら、行方不明の子供を探し始めた。



―――――結果。


「チッ、ただの迷子かよ」
「いやそこは無事でよかったって言おうよ」

何でも野良猫を追って路地を通り更に奥へ迷い込んだらしい。距離としては母親の探していた場所からそれほど離れてもないが、子供の足で考えると割と来た方だ。
問題は追うのに夢中になりすぎて廃工場まで入り込んだことか。
足場を伝って上の階に上り、降りられなくなるという昔の漫画か?と思えるパターンに爆豪くんがちょっと……どころか中々にイラついている。
正直私もこんなこと本当にやるのかと目を疑ったけど、子供は予測不可能だから……と気を落ち着かせることにした。


「ったくクソガキが。余計な手間かけさせやがって」
「あっ!ちょっと待っ……」

母親に見つけたことを連絡しているうちに、ボンッと爆発音が響き隣にいたはずの彼の姿が消える。
一瞬のうちに子供のいる梁へと飛び上がる機動力はさすがだ。……さすがだけど。


「うわぁあああん!!」
「うるせぇ泣くんじゃねぇぶっ殺すぞクソが!!」
「はいそこ仮にもヒーローが脅さない!」

降りられない恐怖に加え、ブチ切れ顔の男が爆発音と共に飛び込んできたらそら怖いだろう。私だって泣く。
駆け付けた母親が真っ青な顔してたのは絶対今この状況を目の当たりにしたせいだ。
ギャン泣きした子供が地面へ降ろされた途端、母親の胸へと一目散に飛び込んでいったのも頷ける。
だから子供がお礼を言わなかったくらいで更に不機嫌になるのはやめて欲しい。ほら、お母さんは一杯頭下げてくれたからね。


「何にしろ大事にならなくてよかったよね。ひとつ仕事こなせたわけだしさ」
「ハッ、こんなもん自慢にもならねぇよ」
「でも人助けできたし。胸張って報告していいと思うけどな」

彼にとったら動けない所を助けてもらったんだから充分ヒーローだったと言えるだろう。
昼だというのに廃工場内は薄暗くて静まり返っている。こんなところに1人じゃ心細いし。

「(助け方はあれだったけど)かっこよかったよ爆豪くん。迅速で無駄がなくてさすがって感じだった」

へらり笑ってイラつき度MAXだろう顔を覗き込むと、一瞬彼らしくもなく目を瞠った後フンと鼻を鳴らして顔を背けた。
あれ、もしかしてちょっと照れたのかな? 真正面から褒められるのに慣れてないとか?
そう考えると少しばかり扱いに手を焼いていた彼が、年相応に可愛くも見えてくるから不思議だ。


「さてと。そろそろいい時間になるし、戻ろうか?」

緩みかけた口元をぐっと引き締め、改めて顔をあげて――――固まった。
照れ隠しか不貞腐れたような顔をする彼の後ろに、人影が見える。男女の2人組。
ちょうど私達と同じくらいで――…っていうか。

「え?」


思わず間抜けな声が出た。私の様子に気付いて爆豪くんも瞬時に振り返る。
あそこにいるのは私と、爆豪くんだ。私と爆豪くんが、ぶつかりそうな程顔を近付け……

「………えっ!?」
「見ンな!!!!」
「ぎゃあっっ!?」

予想だにしない目の前の光景をよく見ようと身を乗り出しかけた途端、がんっと音がしそうな勢いで両目を覆われた。
いや覆われたなんてもんじゃない。こめかみを、こめかみをを力一杯握られてる!

「いだだだだだだ!! 痛い!! 痛いよ爆豪くん!! 割れちゃう!!」
「うるせえ!!」

いやマジで死ぬ死ぬ死んじゃう!! こいつの握力どうなってんの!?
片手の筈なのに馬鹿力でギリギリと容赦なく急所を締め上げられ、とにかく逃れようと必死に指を外そうとするもびくともしない。
頭の形が変わるんじゃないかと本気で不安になる。

「い、いだっ……! ちょ、ほんとにっ、離し……!」
「――――悪ィかよ」
「え!?」

唸るような低い声を何とか拾うとほぼ同時、投げるようにして頭が解放された。
その勢いによろけるも背中が壁にぶつかり、何とか転ばずに踏み止まる。
痛みか、それとも抑えられてた血管に急に血が通い始めたからか、ぐわんぐわん鳴るこめかみを抑えながら視線を上げると、当の本人は耳まで真っ赤にして此方を睨みつけていた。
歯を剥いて威嚇する爆豪くんの後ろにはもう消えてしまったのか何もなく、小さな染みの出来た彼のコスチュームの胸元を見てぼんやり思う。
――――そう言えば涙も、体液だ。


“あの子の体液に気を付けてください。思考を映像化する個性なんです”


痛みが引き始めるとゆっくりと思考回路も回りだす。悪ィかよ、と再び唸り声がした。

「好きな奴とキスしたいと思って、……悪ィかよ」


本日何度目かの「え」が零れ落ちる。
じり、と靴が地面を擦る音がした。どこか吹っ切ったような眼をした爆豪くんがぐっと距離を詰めて、私の方へと手を伸ばす。

「―――…嫌なら、」


そう言って伸ばされた指先が頬に触れたとき、体中の血が一気に顔へと駆け上がって。
こめかみの騒音が、バクバクと一層激しくなった気がした。



触れられて巡る予感

(あ。私きっと、拒まない)


2021/08/09



top