その恋、完成間近
どうして私はあんな怖い人にチョコを渡そうなんて思ったんだろう。
「あぁ!? いらねぇっつってんだろ消えろカス!!」
教室の前で他クラスの女子に囲まれ、怒鳴り散らしてるその人――爆豪くんを自分の席から遠巻きに眺めながらごくりと息を飲んだ。
机の中には彼へと用意したチョコレートが、シンプルな包装に身を包んで今か今かと出番を待っている。
それを周りに気付かれないよう目の端でちら見しながら、浮かれて作っていた先日の自分を改めて呪った。
先日の戦闘訓練、ペアになった爆豪くんとまさかの快勝続きがきっと私に勘違いさせたんだと思う。
あまりに上手くコンビネーションが決まって、お互いにテンションが上がってたに違いない。
「爆豪くん、やったぁ!」
「っし!!」
ぱちん!最後のペアを降した直後の、振り向き様のハイタッチ。その音に一瞬にして我に返った。
爆豪くんは途端に苦虫を噛み潰したような顔をして踵を返したし、私は私で一気に血の気が引いたものだ。
だけどそれまでの余韻でついつい、バレンタインの相手に彼を選んでしまって――――こうしていつまでも渡せずにいる。
休憩時間の度にドア付近で怒鳴り散らす彼が、押し付けられたのかそれでも紙袋に幾つか受け取っているのを見ると、どうしても受け取ってもらいたいって望みを捨てきれない。
(……紙袋……)
ふと思いついた。
そうだ、こっそりあの中に入れてしまえばいいのでは?
この際私からって分からなくてもいい。とりあえず渡す事が出来ればそれで満足なんだから。
私の個性は“転移”。イメージした場所へ特定の物を移動させる事が出来る。
――――爆豪くんの、あの紙袋の一番上へ――――……。
机の中のチョコを両手の親指と人差し指で写真のフレームを作る様にそっと囲む。
(行けっ)
フレーム内のチョコが姿を消して、狙い通りの場所へと一瞬にして移動する。
――――はず、だった。
「受け取んのはこれきりだ!さっさと消えろクソが!!」
「あっ!?」
「あ?」
ばしんとぶつかる音がして、狙い通りの場所へと現れた筈のチョコが床へと弾かれ落ちた。
なんて不運。なんてタイミング。
爆豪くんがやけくその様に受け取って紙袋へチョコを押し込もうとした正にその場所に、私のチョコが一瞬遅れて転移したらしい。
爆豪くんの手にガードされる形で、こっそり紛れ込ませる作戦は失敗した。
元々持っていたチョコが零れ落ちたと思ってくれないだろうか。思ってくれないよね。
爆豪くん記憶力無駄にいいし。明らかに訝しんでガン見してるし。
その睨み付ける様な険しい視線が、不意に自分へと突き刺さって思わず硬直した。
「おい、柚原……」
「ひっ!?」
鬼のような形相で爆豪くんが此方に迫ってくる。
身構えなくては―――そう思った次の瞬間には私の机は激しい音を立て、隣の壁へとぶち当たっていた。
「てめェ、なに飛ばしてきやがった」
「や、あの、」
元々壁寄りに居たお陰で蹴られた机に当たる様な事はなかったけど、至近距離のヤクザキックはさすがに怖い。
周りがざわめくのも無理はない。これ完全に不良にカツアゲでもされてる図だ。
「これ、てめェのだろ」
机に叩きつけるように返されて、恥ずかしいやら怖いやらで知らず知らずのうちに視線が下を向く。
わざわざみんなの前でこんな風に辱める必要なんてないのに。意地が悪いと言うか気が回らないと言うか。
「こそこそ個性使って済まそうとすんじゃねぇ。そういうのが一番ムカつくんだよ」
「うっ……。だって絶対受け取らないと思って……」
「あァ!? 誰がンな事言った!」
「ひぇっ! だ、誰って……!」
(アナタ、ついさっきまでいらないって全部突き返そうとしてたじゃないですか!!)
身を縮めながらも言い返そうとして、そう言えば紙袋にたくさん入っていたのを思い出す。
もしかして、何だかんだ悪態をつきながらもこの人は結局全部受け取っていたんだろうか。
そう言えば受け取るのはこれきりだとか叫んでいた気がする。一回限りの温情って奴かもしれない。
「……おい。てめェは結局どうしたいんだよ」
ちらりと視線だけ彼へと向けると、じれた様な声が追い打ちをかけた。
見下すその顔は平生通りの不機嫌顔だったけれど、どこか待っていてくれるようにも見えて、
「……こ、これ……。爆豪くん、に……」
恐る恐る戻ってきたチョコを差し出した。
「チッ…。もたもたしてんじゃねぇ、モブ顔」
ひったくる様にして私の手からチョコを攫うと、早々に踵を返す。
「来年また手間かけさせやがったらぶっ飛ばすぞ」
「え、来……」
吐き捨てられた言葉に顔を上げるも、その時には既に爆豪くんは荒々しく自分の席に着いた所だった。
(これきっと来年も受け取ってくれるのって再確認したら怒られるんだろうな)
それこそ容赦なく爆破されるに違いない。
(来年……来年か……)
与えてくれた一年後のチャンスに、じわじわと緩み始めた顔を急いで覆った。
その恋、完成間近
(来年こそはもう少し勇気を出して渡せますように)
2018/04/25