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もうしばらく、あと少しだけ


及川と共通の女友達は持たない方がいい。
そう言ったのは誰だったか。
理由なんて聞くまでもない、大抵及川に接触するためのダシにされるからだ。
そう言えば以前、練習試合に仲のいい女友達を連れてきた奴がいた。
いい所を見せようとしただけだったのに、ちょっかいをかけた及川に見事持って行かれると言う悲惨な結果で終わったらしい。
取られたくない女は及川に会わせるな。
そんな教訓が暗黙の了解になったのは、恐らくそれが切っ掛け。
それをくだらねぇと鼻で笑った俺が、まさか同じ轍を踏むことになるなんて。




「おう、柚原どうした?」
「わっ、岩泉!」

昼休み。入口から俺のクラスの様子を伺っている柚原にいち早く気付いて声をかけたら、声と共に後ろに飛び退いた。

「どんだけ驚くんだよ…」
「ごめん、考え事しながら人探ししてたから」
「……誰を呼べばいいんだ?」

自分じゃなかった事に少しだけ拍子抜けしながらも名前を促すと、柚原は何故か迷ったような素振りをした後、

「えぇと、……じゃあ……お、及川を……」

頬を染め、恥ずかしそうに口にした名前に、正直言葉が出てこなかった。
こういう女子の様子は、これまでにも何度も見た事がある。このセリフも、嫌という程聞いてきた。


―――嘘だろ、お前もかよ。


返事もせずに踵を返すと、自分の席でクラスの女子と談笑する及川の背中を膝で思いきり蹴ってやった。
「いったぁ!!何すんの岩ちゃん!」
当然と言えば当然の抗議を、顎で柚原を指す事で一言も発する事なく受け流す。
入り口付近で居心地悪そうに待つ柚原を見つけ、及川はすぐに察したのかにやついた顔のまま席を立った。
一言二言交わしたと思えば、2人揃って廊下へ消えていく。
それを目の端で追いながら、そっと唇を噛みしめた。



柚原とは小学校時代からの付き合いで、中学までは度々同じクラスになった事もあってよく話す仲だった。
とは言っても俺はバレー中心だったし、元々教室以外で会ったりする事もなかったから、同じ高校でもクラスが離れた今、見かければ挨拶をする程度。
だからこそ珍しく及川との接点がない貴重な女友達だとも言える。
その柚原との間に変化が起きたのは、3年になってすぐの事。
部活帰りに立ち寄った自宅近くのコンビニで、カウンターの向こうから迎えてくれたのが柚原だった。


「お前何してんだ、こんなとこで」
「見ての通りバイトだよ。岩泉は部活? お疲れ~」
「おう……っつーか、こんな時間までバイトかよ。危ねぇだろうが」
「自分だってこんな時間まで部活でしょ。それに私ももう終わりだから」

切りのいい時間を見計らっていたらしい。時計をちらりとみると、足早に裏へと引っ込んだ。
俺が飲み物を買って店を出るのと、着替えた柚原が裏口から出てくるのはほぼ同時。
結局それから立ち話が始まって、いつしかその流れが恒例化するようになり、重ねる毎にその時間が楽しみになっていた。

つい2週間ほど前、怪しんだ及川がついてくるなんて言うまでは。

振り切れなかった俺はコンビニに寄らない選択肢を選んだが、一足先にバイトを終えた柚原と結局店先で鉢合わせした。
柚原と及川を会わせる事は避けられず、コミュニケーション能力の高いこいつらは初対面と思えない会話の弾みっぷりで、嫌な予感がしなかった訳じゃない。
実際その予感は外れてなかった。
それから度々学校で楽しそうに話す2人の姿を見かけるようになったかと思えば、――とうとうこれだ。


「うわ。すっげー不機嫌そうだな、岩泉」

弁当持参で昼飯を食いに来た花巻が、空いているのをいい事に前の席へ勝手に腰を下ろした。

「……そんな事ねぇよ」
「まぁこれで機嫌直せよ」

お茶のペットボトルを取り出したかと思えば、俺の机にどんと置く。

「誕プレってことで」
「やっすい誕プレだな、おい」

軽口を返しながらも礼を言って、そう言えば今日は10日だったと気が付いた。
信じらんねぇ。誕生日が来るたびに今の光景を思い出すパターンかよ。
あいつが誰を好きになった所で責める権利なんかない。
けど、心のどこかで柚原だけはと思ってたんだ。
もやもやする胸の内を押し流す様に、貰ったお茶を一気に飲み干した。






「だから、なんでお前までついてくるんだよ!離せ鬱陶しい!」
「だって岩ちゃん、そっちの道じゃコンビニに寄らずに帰っちゃうじゃん」
「買うもんもねぇのに寄る必要あるかよ」
「そう言うと思って俺が頼まれてるんです~」
「頼まれてる?」

ぐいぐいと腕をひっぱる及川に無理やり連れられてコンビニに向かいながら、意外な言葉に眉根が寄った。
今日はコンビニの前の道を通らずに帰ろうと思ってた。
この時間帯だと、丁度バイトの終わった柚原と鉢合わせしかねない。
あれを見た後じゃ、正直会いたくはなかった、……のに。



「はいっ、到~着! 連れてきたよ、小鳩ちゃん!」


及川が漸く俺の腕を離し、一歩横へと道を開けた。
その先に居たのは、既にバイトを終えたらしい柚原。名前を呼ばれ、入口辺りで寄りかかっていた身をすぐに起こした。

「アリガト、及川! 2人とも部活で疲れてるのに、ごめんね」
「ああ、いや……。つーかお前、待ってたのかよ?」
「うん。どうしても今日会いたかったから及川にお願いしといたの」
「そうそう。小鳩ちゃんてば、この及川さんをダシに使ってくれちゃってさぁ」

わざとらしく肩を竦める及川に、柚原が顔の前で申し訳ないと手を合わせた。
何だ? 何の話だ? ……ダシ?
じゃあ俺の役目はここまで、と今日は珍しく早々に背を向けた及川を見送った後、暫しの沈黙の後柚原が口を開いた。
それと同時に、今まで後ろ手に隠していたらしい紙袋を俺の目の前に差し出して。

「誕生日おめでとう、岩泉!」
「……お、う。サンキュ」

何となく呆気に取られたまま紙袋を受け取った。
中身は包装されてはいるものの、俺の愛用するスポーツメーカーの名前がプリントされていて、重さや大きさからタオルだろうと予想する。

「もしかして昼に及川呼び出したのって……」
「うん。本当は学校で渡そうと思ってたんだけど、ちょっと人目が気になって頼んだの」
「俺に直接、帰りに寄れって言えばよかっただろ」
「サプライズにしたいのに、あえて念押すと何かあるなってわかっちゃうでしょー」
「お前が俺の誕生日知ってる事が既にサプライズだろ。……及川情報か?」

こくりと小さく頷くのを見て、何となく色々察しがついた。

「じゃ、あえてこのメーカー選んだのも」
「……及川情報です。ちなみに最近お気にいりのタオルがダメになったと言うのも聞きました」
「んな事まで…。ここんとこ及川とつるんでたのはその所為かよ」

ご名答、と今度は大きく頷く。
誕生日が近かったと知り、慌てて何がいいか相談してたのだと、ズルがばれた子供みたいに白状した。

「何だそれ……」

思わず頭を抱えて溜息を吐く。――が、それもすぐににやける口元を隠すためのポーズに変わる。


及川を好きなわけじゃなかった。
こいつは、俺の事だけを考えていてくれた。それが何よりも嬉しくて。
ああ、やべぇ。
今更だけど、俺こいつの事が好きなんだ。


「サンキュ、大事に使わせてもらうわ」

そう言って笑ったら、柚原も嬉しそうな顔をした。

「もう遅いし、家まで送る」
「え、いいよ。そんな遠くないし、岩泉だって疲れてるでしょ」
「いいから送らせろ。タオルの礼と、……あともう少し話したい」

少し強めに言った事で受け入れる気になったらしい。じゃあお願いしますと小さな声が聞こえた。


「……そういう言い方はさぁ、期待させちゃうよ~……?」
「好きなだけしろよ。……俺はしてる」


お互い顔も見ずに歩きながら、それでも伸ばした手を遠慮がちに掴む感触に、どうしたって頬が緩むのを止められなかった。



 
もうしばらく、あと少しだけ

(家に着くまでには、ちゃんと言うから)



title:恋したくなるお題



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