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呼吸も瞬きも忘れて


理想や好みのタイプっていうのはよく分からないけど、理想の身長差っていう物はある。

「あー、あったあった。何か昔流行ったよね」
「澪……。自分から無理矢理聞き出しといて、昔とか言わないでよ失礼な」


向かい合ってお弁当を広げながら、小馬鹿にしてるだろう友人を軽く睨みつける。
そもそも何だって好きなタイプなんて話を、ランチタイムに教室でしなきゃいけないのか。
屋上行ったり中庭行ったりと奔放なクラスメートが多いものの、周りにはそれなりに残っている。

小鳩、もっと具体的な理想像がないと彼氏なんかできないよ」
「うるさいなぁ……。自分が彼氏出来たからって」
「えへへ」

やっぱりね。女子が持ちかけてくる話って言うのは、大抵自分が聞いてもらいたい時っていうし。
だったら最初から素直に惚気を聞いてって言えば聞くのに、何だこの巻き込み事故は。

「身長差15cmかぁ。えーと、小鳩だと178cmだっけ。結構高めだよね」
「……あのね、あくまでただの理想っていうか目安って言うか」

て言うかなんなの、この話題はまだ続くの? いいよもう、自分の彼氏の話をしなよ聞くから!
どうも昔からこの手の話は照れ臭くて苦手だ。
別に恋愛に興味がない訳ではないし、心配してくれなくてもそれなりに気になる人だっている。

……そう、現に今だって。

ちらりと斜め後ろの窓際を盗み見れば、一際背の高い赤葦が食べ終えたお弁当を片付けている所だった。
クールで表情の余り変わらない赤葦は、一見冷たそうで近寄り難く見えるけど、話してみると結構優しくて紳士だと思う(だから先輩に容赦なく突っ込んでるのを見た時は逆に意外だった)
小さな“意外”を何度も見つける度に、徐々に私の中で特別な存在になっていた気がする。
時折、目で追ってしまうくらいには。
そんな私の視線に気付いたのか、はたまたただの偶然か。

「あっ、そう言えば赤葦とかそれ位じゃなかった? 身長。結構高いよね」

澪が赤葦を見つけて声を上げた。
嫌な予感―…。付き合いの長さからそう思うのとほぼ同時。


「ねぇねぇ、赤葦って身長何センチ?」


こいつ――――ッッ!! 聞きやがったぁあ!!
一気に血の気が引く私を余所に、大して仲良くもなかったはずの赤葦と話し始める。
この子の神経、ホントどうなってんの!?

「身長…? 182だけど」
「あーっ、残念! 高すぎた。178ピンポイントって難しいかもよ、小鳩
「ちょちょちょ、ちょっと! ちょっと!!」

止めてホントに、赤葦まで巻き込まないで! 唐突に話しかけられてぽかんとしてるでしょ!
……いや、正直普段と変わらぬポーカーフェイスで何考えてるかは分かんないけど。
とりあえず話を打ち切ろうと必死に澪の腕を引く。
だけど、話を続けたのは意外にも他人の恋愛事情に興味なさそうな赤葦の方だった。


「何で178cmなの?」
「えっ」
小鳩が彼氏作るなら身長差15cmがいいって言うから」
「……へぇ……」
「ちょおおおおおお!!」

待ってこれなんて羞恥プレイ。よりによって赤葦相手に!
涼しい顔でじっと見られては恥ずかしいやら落ち着かないやらで、食べ終えたお弁当を慌ただしく片付ける事で話を強制終了させた。
澪の彼氏はきっと大変に違いない……。見た事もない彼氏に心底同情する。
昼休みが終わるなり廊下側の自分の席に戻っていく友人を見ながらほっと一息ついた時だった。

「15cm差がいいってことは、柚原は今163cmなんだ?」

さっきと変わらない声のトーンが斜め後ろから投げられて、一拍置いた後ゆるゆると肩越しに振り返る。
話を振り出しに戻したのは、まさかの赤葦。
何を言われるのかと怯えながら「そうだけど」と頷くと、少し考える様に視線を落とした後、

「じゃあ後4cm、頑張って伸びて」

表情一つ変えずに告げられた。


「…………はい?」
「俺はバレーもあるし、まだ縮むわけにはいかないから」
「えっと、ごめん。……な、何の話?」

先程までの恥ずかしさもぶり返して軽いパニックに陥った私を、相変わらずの無表情で赤葦が真っ直ぐに見据える。


「理想の身長差なら、俺も彼氏候補に入るって事だよね」


やがて彼の薄い唇にゆっくりと弧を描かれるのを、ただ呆然と見入ってしまった。



 
呼吸も瞬きも忘れて

(どうしよう。混乱し過ぎて、赤葦の言葉が理解が出来ない)



title:恋したくなるお題



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