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だって気付いて、無い。



多分ETUで一番、ううんきっと誰よりも。
私は彼を分かってると思う。


窓越しに練習風景を見ながらそう言ったら、向かいの席でHPを更新していた有里さんは、目をぱちぱちさせたあと盛大に噴き出した。

「何で笑うんですかぁ」
「ご、ごめん。凄い自信だと思って」

膨れた私に手を合わせて謝るものの、有里さんの顔は笑ったままだった。


「で? そう思う根拠は?」
「何でか私、椿くんの行動パターンというか思考が読めるんですよ」
「まぁ、分かり易い子ではあるよね」
「そうですけど、もっと細かくです! 例えば休憩のタイミングだとか、今飲みたいものだとか。あとお菓子の好みとか! これかなって思うもの全部当たってるんです!」
「へぇ~」
「……絶対信じてないでしょ、有里さん」
「そんな事ないって」
「ニヤニヤしながら言われても、まったく真実味がないんですけど」

じとりと半眼を向けたら、有里さんはそれじゃあ、と仕事の手を止めて立ち上がった。

「後で選手達に差し入れしよっか。お互いに違う種類の飲み物用意して、好きな方選んでもらうの」
「私が椿くん好みの飲み物買えるかどうかって事ですね。いいですよ、受けて立ちます!」

自信満々に私も立ち上がる。
部長や他の社員が「こいつ等、何くだらない勝負始めたんだ」という目を向けたけど、すっかり戦闘モードの私には気にもならなかった。

確かにいい大人が熱くなるような事じゃないけど、彼に対しては本当に勘が働くのだ。
ほぼ同時期にこのETUに入ったからかもしれない。
ちょっとした差し入れや自主練中の給水のタイミングで、私が断られたり困った顔をさせた事は一度としてない。
(他の選手はタイミング外すと「後で」とか「いらない」とかばっさりなんだよね)(まったく我侭な!)
この確率の高さは絶対誰かに認めて欲しい。



そんなわけで始まった人気投票……もとい、差し入れ選択戦。

「どっちか好きな方貰ってってね」

コップに注がれた飲み物をトレーに乗せて、練習を終えた選手達に声をかけた。

「私のがスポドリで、小鳩ちゃんのがチョコレートミルクよ」
「チョコレートミルク!?」

一斉に選手達がどよめいた。
まぁそうだろう。普通なら動いた後はさっぱりしたものが飲みたい。

「あのね、でもスポーツの後にはこれが一番いいんだって! 牛乳にチョコレートシロップを加えた奴だからどろっと甘いわけじゃないし!」

何でも運動後の筋肉をいち早く修復して再生産するらしい、と覚えたての知識を披露してみるものの、
やはり喉越しのいいスポドリに惹かれる選手がぞくぞくと有里さんの方へ流れていく。

「さすがに今、甘いもんは飲みたくねーよ」
「カロリー制限中だ」

しっかり余計なご意見まで残していく黒田さんと堺さん。別に言い訳なんか聞いてないのに!

それにしても、身体が熱を持ってすっきりした物が飲みたい時にやっぱりこれはなかったか……。
ちょっと後悔しかけた時。


「あ、じゃあ俺こっち貰います」


声と共に、コップにすっと迷いなく手が伸びた。
顔を上げると、やはりそこに居たのはどこかあどけない顔をした椿くんだった。

「え、マジで? よく動いた後にそんなの飲めるな椿」
「筋肉の回復にいいとか言われたら興味あって。でもこれ、甘すぎないし冷えててうまいッスよ」
「え……えぇ~?」

世良さんが疑いの目を向ける中、椿くんは美味しそうに飲み干してコップを返して寄越した。


「ご馳走様です、小鳩さん。あの、美味しかったです」


はにかむ様な笑顔のおまけつきだ。
その様子を見て、「じゃあ俺も」「科学的に証明されてるなら試してみるか」なんて次々若手を中心に手が伸び始めた。
勿論それも嬉しかったけれど。


「有里さん、ほら。ほら! ね?」

スポドリに目も向けず、まっすぐ私の所に来てくれた椿くんを視線で指して、私は満足げな笑みを浮かべた。
上手くなる事に貪欲な椿くんだから、こういう体作りの事にも興味持つと思ってたんだ。
やっぱり私は、誰より椿くんをわかってる。
証明されたことが嬉しくて嬉しくて、つい笑みが零れてしまう私を見て、有里さんはやっぱり面白そうに肩を震わせた。

「な、なんですかぁ」
「いや、ゴメン。小鳩ちゃんってほんっと鈍いんだなって思って」
「え? 鈍い?」
小鳩ちゃんは多分、一番彼の事をわかってないよ」
「えぇ!?」

むしろたった今椿くんの飲み物を当てた私は鋭い方だと言わないだろうか。
納得いかないと露骨に顔に出していると、じゃあヒントと呟いた。


「あのね。持ってる物が逆でも、絶対小鳩ちゃんから貰ってたと思うな」


それでも意味が分からずクエスチョンマークを飛ばしまくる私に、相変わらず有里さんは楽しそうだった。




 
だって気付いて、無い。

(話す切っ掛けをいつも探してる、彼の気持ちに)



title:はちみつトースト



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