幕の引きかたを知らない彼女
市大の試合を見ようとスタンドへ回ろうとしたら、声援に混ざって聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。
少し向こうから人の流れに逆らってこっちに向かおうとしてるから、俺もチームを離れて駆け寄った。
「柚原、お前来てたのかよ」
「来た! 見た! 倉持すっごいカッコよかったよっ!!」
「ヒャハハ! 何言ってんだバーカ」
珍しく試合を見に来てたのかと思えば頬を紅潮させてはしゃぐ柚原に、俺は照れ隠しもあってぴしゃりと額を叩いてやった。
普段の教室でのやり取りを考えると、こいつの場合からかうか序盤のダメ出しをするかってとこだ。
なのに今日は余程興奮したのか、そのどちらも出てこなかった。
確かに7回は面白いくらい点が入ったし、これだけ喜んでもらえりゃ、さすがに悪い気はしねーけど。
「びっくりしちゃった、倉持大活躍じゃん。教室でだらだらしてるとこしか見てなかったから、別人かと思っちゃった」
「テメ、俺はいつも試合じゃあれくらいの活躍はしてんだよ」
見に来ないお前はしらねーだろうけどな、と柚原の余計な一言に皮肉で返してやる。
どうも野球に興味がわかないとかで、こいつはどんなに誘ってもちっとも応援にこねぇし。
野球はともかく、少しは俺に興味持てっつーんだ。さすがにへこむだろうが。
今度からは見に来るよと両手握り締めて言うから、今日はあんまり言わないでいてやるけど。
「どうよ、野球も面白えと思っただろ」
この際だ。興奮から冷め切ってないこいつから、ここぞとばかりに感嘆の言葉を引き出してやろうと、にやりと口の端を持ち上げる。
そうとは気付かない柚原は、相変わらずはしゃいだ様子で頷いた。
「面白かった! みんなが騒ぐのよくわかった!」
「知ってる奴が活躍すりゃ盛り上がんだろ」
「盛り上がるーっ! 倉持凄かった! スタンドも大興奮だったよ!」
「へっ、伊達に2年でレギュラーはってねーんだよ」
「ホントだよ! もー惚れ直したっ!!」
満面の笑みで声高に叫んだその言葉に、一瞬呆気に取られてから俺は盛大に噴き出した。
「ヒャハハ! それ言うなら“見直した”だろ!」
「へっ?」
途端に間抜け面で俺を見上げる。興奮してて自分で言ったことなんて覚えてないって顔だ。
散々笑い転げてから、口元の笑みをそのままに追い討ちをかけてやった。
「惚れ直したってお前、俺のこと好きだったのかよ」
そこまで言ってようやく気付いたのか、僅かな間の後
「――――ッ!」
耳まで赤くして、柚原が今更ながらに両手で口を覆った。
「…………は?」
その意外なリアクションに、今度は俺の方が思わず固まる。
おい、ちょっと待てって。なんだそりゃ?
ここはいつものお前なら、「ちょっと間違えただけでしょー」って怒り出すか、こっちが引くようなノリ突っ込みして誤魔化してくるところじゃねぇのかよ。
下を向いて沈黙する柚原を、俺はただ馬鹿みたいにぽかんと見つめてしまった。
……嘘だろ? 変に期待しちまうじゃねぇか。
これじゃまるで、
――――まるで。
通りすがりで(そうでなくてもだけど)空気の読めない沢村が、向こうから大声で名前を呼ぶから、肩越しに先に行けと怒鳴り返した。
沢村を追い払って再び向き直ると、柚原は相変わらず気まずそうに落とした視線を彷徨わせていた。
時折目だけで俺の様子を伺っては何か言いたそうに口を開きかけるから、多分今こいつの頭の中はフル回転してるんだろう。
ったく。何だっていつもの無駄口が、こういう時にはでてこねーんだよ?
何となくこっちから切り出せなくて、俺はとりあえず次の言葉を待った。