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初恋ってやつです


城下町に、新しく評判になっている団子があるらしい。
そんな噂を聞いて居ても立ってもいられなくなったのは、上田城城主の真田幸村である。
甘味の好きな彼には城下町にいくつかお気に入りの茶屋があり、今回の噂の元はそのうちのひとつだった。
店主は少々腰の曲がったお鈴という老女で、団子は勿論、その明るい人柄でも人を集めている小さな店である。
早速とばかりに時間を作って馴染みの店を覗いた幸村は、予想外の出来事に思わず足を止めた。

「うわっ!? ちょっと旦那、入り口でいきなり止まらないでよ」
「さ、佐助。店を間違えたようだ」
「はぁ? 間違えるほど店自体は変わってないようだけど?」

急停止に非難の声を上げた佐助だが、挙動不審な主と同じく店を覗いて、ようやくひとつ頷いた。

「いらっしゃいませ! お2人様ですか?」

こちらに気付き明るい声で出迎えたのは見慣れた店主ではなく、幸村と同じ年くらいであろう気立てのいい娘だった。

「あれ、今日はお鈴さんいないの。君はお孫さん?」
「はい、小鳩と言います。おばあちゃん少し腰を痛めちゃいまして、私が暫くお店に立つことになったんです」

新作のお団子はちゃんとありますよと笑う彼女に対し、てっきりいつも通り店主が顔を出すと思っていた幸村は、不意打ちを食らって動けずに居た。
そんな主の様子に、佐助が半ば呆れながらも近くの腰掛へと座らせる。


「桜団子10本ですね、すぐにお持ち致します!」

ぱたぱたと小走りで去っていく後姿を眺めながら、佐助はへぇと小さく感嘆の声を漏らした。

「お鈴さんにあんな可愛いお孫さんがいたとはね」

元気で明るくて、よく働く看板娘。どうやらこの店が噂になったのは、新作団子の力だけではないようだ。
もっとも幸村だけは彼女が近くを通るたび、そわそわと落ち着かずにいたのだが。

「お待たせしました、桜団子になります。おばあちゃんの自信作なんですよ」
「う、うむ。そうか。楽しみでござるな」

ぎこちない動きで小鳩から皿を受け取ると、幸村は照れ臭さを誤魔化すかのようにばくりと団子を頬張った。
ほんのり塩味の聞いた桜風味の団子の中には、たっぷりと店主自慢の餡が詰まっている。
上品な味は既にこの店の目玉になりつつあるのか、重なるように追加注文の声が飛んでいた。
小鳩はそれにはーいと明るい声を返すと、
「それじゃ、こちらにお茶置いておきますね。ごゆっくりなさっていってください」
2人分のお茶と、最初と同じ満面の笑みを残して忙しなく店内へ戻っていく。

「この調子だとますます繁盛しそうだよねぇ。……あれ、旦那?」

ふと隣を見れば、佐助の言葉も耳に入らないのか、ただぼんやりとその後姿を見送る幸村がいた。
いつもなら美味い美味いと次々団子へ手を伸ばす所を、今日はたったひとつ食べただけだ。

「……だーんな?どしたの。桜団子は甘さ控えめで口に合わない?」
「そっ、そんなことはない! お鈴殿の作られる団子は、どれをとっても格別だぞ、佐助!」
「そう? その割りに食が進んでないみたいだけど」

ちらりと視線を向けた先には、山積みの団子が全く姿を変えず残っている。
かといって指摘されても食べようとしない主に、どうしたのと再度問うと、幸村は僅かにその端正な顔を歪めた。

「その……不思議なことに、急に腹が膨れてしまったようなのだ……」
「…………は?」


かつて彼の口から聞いた事のない言葉に、思わず耳を疑った。
例えたらふく食べた食事の後でも、別腹とばかりに甘味を貪る幸村が。

「どうも詰まったように団子が喉を通らぬ……」

何かの病気ではないだろうか。真顔でそんな事を呟く主に、佐助はもしかしてと苦笑した。

――恐らく詰まったのは、喉ではなく胸だろう。

店の奥から明るい声が聞こえるたびに、幸村の視線は無意識にそちらへ向けられている。
常に主に気を配るこの忍が、そんな珍しい様子に気付かないはずがない。

「あぁ、うん。一種の病気、かもね」
「何!? 佐助、俺は一体どうしたと言うのだ!?」

勢いよく身を乗り出され、佐助は今度こそ苦笑ではなく吹き出した。
怪訝そうにこちらを見る幸村に、佐助は少しだけ困ったように眉を下げると、あのねと言葉を続ける。


「旦那のそれは、多分」


 
初恋ってやつです

(うわ、真っ赤)(これじゃ先が思いやられるよ……)



title:はちみつトースト




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