想い人はまだまだ子供
時折見かける、ファミレスで勉強する学生の姿。
こんな所にまで来てよくやるなぁ、なんて感心してたものだけど、まさか自分が同じ事をする時が来るとは思わなかった。
「ほら、小鳩!ここまた同じ間違いしてる」
「あたっ。……もう絶対今ので細胞減った。また覚えた事ひとつ忘れた」
「これ位で忘れるなら大した記憶じゃないんだよ。余計な物が減った分だけ新しい事覚えられるんじゃない?」
軽くとはいえ小突かれた頭を摩りながら文句を言ったら、テーブルの反対側で佐助が「よかったねぇ」なんて頬杖をついた姿勢でしれっと言い返した。
あーあ。せっかくの日曜、せっかくの佐助とのデートなのに、まさかの勉強会とは。
……いやまぁ、デートってのは私が勝手に言ってるだけだけど。
この猿飛佐助は私よりひとつ上の幼馴染みで、私が物心ついた時からの想い人だったりする。
佐助が大学に入ってから会える回数が大幅に減って、それに耐えられない私が大学まで追いかけようとしたんだけど。
「小鳩さぁ、この成績のままじゃ俺と同じ大学なんて無理だって」
部屋まで迎えに来た佐助が、目ざとく返ってきた模試の結果を発見して頬を引き攣らせた。
それでも一緒の所に行きたいんだと言い張ったら、今日の映画が勉強会に変わったのだ。
あまりの落差に問題集の広がったテーブルにぱたりと倒れこむ。
「佐助だって勉強してた様に見えなかったのに、何で私ばっかり…!」
「俺様、小鳩と違って頭いいからね~。勘もいいし」
「勘て! まさかテストにヤマはったわけ?!」
「小鳩はどっちもダメなんだから、真面目に勉強しなさいね」
ぽんぽん、なんて頭を撫でる手は優しくて、何だか駄々をこねる子供扱いされてる気分だ。
このままじゃダメだ。
受験じゃない、佐助の私への認識が!
元々佐助は面倒見がいいから、年下で甘えたな私はきっと妹あたりに分類されてるに違いない。
それでも救いは、大学を変えろと言わないことだ。
どんなに出来が悪かろうが、今日だってこうして勉強教えてくれてるし。
長電話だって突然のお誘いだって文句言いながらも付き合ってくれるし。
少しは望みはあるんだろうか。否、あると信じたい。
「さーてと。いい時間になっちゃったし、そろそろ帰ろうか」
もう頭入らないでしょ、の言葉にようやく顔を上げると、窓の外はすっかり日が落ちて代わりにぼんやりとした月が浮かんでいた。
なんてこった。問題集は大して進んでないのに、私は何時間ファミレスに居たんだろう。
時計を見て呆然としたけど、数時間ぶりに外に出たら解放感で一杯だった。
「は~、やっぱ外はいいよね。部屋にこもって勉強とか体に悪いよねっ」
「それはもっとバリバリ勉強した時に言うセリフ。小鳩の成績じゃまだ全然足りないから」
「こ、こんなに頑張ってるのにっ」
思いっきり体を伸ばしていたら半眼で突っ込まれた。めげずにへらりと笑って見せる。
「まぁまぁ、ほら佐助も夜空を見上げてごらん。星が綺麗だね」
「どうせだったら月が綺麗ですねって言ってくれればいいのに、この子は」
「月~? 月は今日ちょっと雲に隠れてるじゃん」
その分星は雲の隙間を縫って輝いている。数とその小ささを活かした見事なアピールの仕方だ。
そう言ったら心底呆れたという目を向けられた挙句、これでもかという大きな溜息で返された。
「………小鳩、国文科はやめたら」
「えええええ、いきなり何でっ!?」
「小鳩の鈍さと馬鹿さに俺様泣きたい」
「ひどいっっ!」
何故か少しだけ歩く速度をあげた佐助を、私は必死に追いかけた。
想い人はまだまだ子供
(全く……俺様あと何年待てば気が付いてくれるわけ?)
title:はちみつトースト