貰えるなら、それは幸せ
我ながら余計な事を言ったと思った。
「ねーねー、佐助。次はどうすんの?」
「ハイハイ、次?次はね~…」
やる気のなさを悟られないようにいつも通りの笑顔を貼り付けて、小鳩に次の手順を教える。
ああ、なんだって3連休の最終日に。
せっかく俺の家で2人きりだって言うのに。
好きな子が他の男へあげる為のチョコ作りなんて手伝ってるんだか。
小鳩の一生懸命な横顔を見るたび、零せない溜息の代わりに少しだけ眉を下げる。
これが自業自得なのはわかってるから、本当やりきれない。
事の始まりは俺の不用意な一言。
金曜の帰り道、街のあちこちで目に入るバレンタインの文字につい聞いてしまった。
「小鳩はもうチョコ用意した?」
俺にくれない?なんて本音はさすがに俺様と言えどちょっと口にし難くて、とりあえず探りを入れようとしたら、これでもかって位目を丸くして見つめ返された。
俺が聞いたことが意外だったのか、それとも唐突にその話題が出たことに驚いたのかはわからないけど、そのイエスともノーともつかない反応に何となく居た堪れなくなった俺は、咄嗟に付け加えた。
「真田の旦那に」
小鳩は普段から旦那のファンだって宣言してるから、俺が聞いた所でなんら不思議はない。
案の定小鳩は納得がいったと言わんばかりの顔をして、それから直ぐに眉を顰めた。
「あのさ、真田くんてやっぱり一杯貰うよね?」
「そうだねぇ。旦那もてるから」
「手作りチョコとか多いよね。みんな上手かった? 凝ってた?」
「ああ、幾つか見せてもらったけど、どれも気合入ってますって感じだったね」
「うわ、やっぱり! 実は手作りする気満々で色々買ってはいるんだけど、私普通のしか作れなくて」
佐助って料理得意だったよね、なんて続いた日にはもう嫌な予感しかしなかった。
「ね、佐助。作り方教えてくれないかな?」
可愛くおねだりなんかされたら、もう俺としては頷くしかなくて。
………現状に到る。
「これで後は冷やせばいいの?」
「そ。固まるのを待つだけ。お疲れ様」
「わ~、ありがと~っ! やっぱり凄いね、佐助って」
いそいそと冷蔵庫へチョコを運んで、嬉しそうに目を細める。
「ちゃんと綺麗に固まるといいな。佐助がせっかく手伝ってくれたんだもん」
「大丈夫だって。小鳩が頑張って作ってくれたんだから、どんなのでも喜んでくれるよ」
冷蔵庫をじっと見つめる小鳩の後ろ頭を、ぽんぽんと軽く叩いてやる。
高級チョコだとか、特別凝った手作りじゃなくたっていいんだ。
「気持ちの篭ったチョコを貰えるなら、それだけで嬉しいんだから」
小鳩からなら、俺はね、って重要な2つをあえて飲み込んだ。
ゴメンね小鳩、それから旦那。
……ちょっとだけ失敗を望んでましたなんて、さすがに言えない。
「どんなのでも、かぁ。形が歪でも、ちょっと欠けちゃったりしてても受け取ってくれる?」
「そりゃ受け取るよ」
旦那は女の子苦手だけど、この日だけは律儀に毎年ちゃんと向き合って受け取ってる。
「がっかりしない?」
「しないしない。心配いらないって」
「そっか。じゃあ佐助、明日はちゃんと受け取ってね」
「へ?」
意外なタイミングで飛び出した自分の名前に驚いて、声がひっくり返った。
「あ、俺様から旦那に渡せってこと?」
……だよね。一瞬心読まれたのかと思ったよ。
ついでにうっかり芽生えた期待も摘み取って、何とか笑顔を作って向けた……途端。
「違うよ、佐助に!」
俺を見上げて、はっきりとそう言った。
「1人で作ったから、今日のと違ってシンプルだし形もちょっとぼこぼこしちゃったし、味も自信ないんだけど」
恥ずかしげにもごもごと声と視線を落としていったかと思えば、でも、と再び顔を上げた。
「でも、佐助の為に頑張って作ったんだよ」
だから絶対受け取ってね、なんて。
あーあ。頬赤くしてそんな事言われたら、さっき摘み取った期待がまた芽を出しちゃうでしょうが。
「……受け取るよ、絶対。小鳩からならなんだって」
(今は義理でもいいさ)(元々長期戦は覚悟してんだ)
title:はちみつトースト