24日の24時
「えっ!? クリスマスあるんですか!? この戦国に!?」
「ああ、キリストの祭りだろ?なかなか賑やかなもんだぜ。どこもpartyでな」
「へぇえ~……」
「あの魔王なんざクリスマスは戦も一時休戦する位だからな」
楽しげに口角を上げた政宗さんが盃を傾ける。
半ば呆然としつつも空になったそれに零さないよう気を付けながらお酒を注いで、そう言えばキリスト教が布教し始めたのは戦国時代からだったかもと中学あたりの記憶を辿った。
「じゃあクリスマスの話はつまんないですね」
「No problemだ。同じクリスマスだって地方によって違う。小鳩の所ならもっと違うだろうしな」
遠慮せず話せと促されて、少々不服ながらも当初の予定通り現代のクリスマスの様子を伝えることにした。
私が現代の日本からこの戦国――奥州の伊達政宗さんの所に来たのは1年ほど前。
高校からの帰り道、所謂神隠しとか言う物だろうか。気がついたらお城の前に居た。
どこからどう見ても怪しい私を面白がった政宗さんが、ここに置いてくれる代わりに求めたのが現代の情報だった。
情報と言っても歴史に関わる様な内容は要らないと言ってくれたので、私が話すのは主にイースターやハロウィンなどの季節に合ったイベントの話ばかり。
新し物好きな政宗さんは楽しそうに聞いてくれたので、段々話して驚いてもらうのが楽しみになっていた。
――だと言うのに。
(まさかクリスマスがあったとは……不覚……)
七夕やお正月辺りの昔からありそうな日本行事に大きな反応は期待できないけど、西洋イベントはきっと喜んでもらえると思ったのに。
イルミネーションや恋人や友人との過ごし方には感心してくれたものの、想像していたほどの食いつきはなくて顔には出さないものの何だかがっかりしてしまった。
「楽しかったぜ。また聞かせてくれ」
政宗さんは特に気にした様子もなくいつも通りだったけど、私はと言えば何だか対抗心の様な物が芽生えてしまった。
このままでは終われない。
だってただ飯食らいの私が出来る事と言ったら、例え政宗さんの暇潰しだったとしても唯一これ位。
それすら出来なくなったら傍に置いてもらえる理由が無くなってしまう。
そう考えた私はクリスマスイヴの夜、動きやすく改良した赤い着物に身を包んで政宗さんの部屋の押し入れに隠れていた。
政宗さんが寝付いた後、こっそりと枕元にプレゼントを置くために。
そう。今夜の私はサンタクロース!!
何でも手に入るだろう奥州筆頭に何をプレゼントするかそこもとにかく悩んだけど、基本的に無一文な私が手に入れられる物なんて限られてるから、小十郎さん直伝のお菓子を作った。
曲者扱いされると困るので、小十郎さんには事前に趣旨を伝えておいたからこうして潜んでいても問題はない。
そしていざ、政宗さんご就寝。小鳩サンタ、出陣です!!
ドキドキしながらこっそりと襖を開け、眠る政宗さんの傍へと忍び寄る。
寝返りうっても潰されない様に頭の上の辺りにプレゼントを置いて、後は行きと同じくこっそりと帰るだけ。
……なんだけど。
踵を返す前にちょっとだけ、と好奇心に負けて安らかな寝息を立てる部屋主の寝顔を覗き込んでしまった。
起きている時の自信満々で不敵な印象は薄れているが、凛々しい雰囲気は変わらずだ。
城主で見目も良くて実力もあって慕われてて。こんなに何もかも揃った人に選ばれる人は一体どんな人なのか。
いつまで独り身でいるのかと小十郎さんが嘆くのを聞いた時、そっと胸を撫で下ろしたのを覚えている。
「……私、いつまで政宗さんの傍にいられるんだろ……」
端正なその寝顔を見ながら思わず呟いたその瞬間、ぐるんと視界が一転した。
(えっ!?)
余りに驚きすぎて声も出ないとはこの事か、叫んだつもりがひゅっという呼吸音だけが響く。
一拍置いて見開いた目に移ったのは間近に迫る政宗さんの顔だった。
「ま、まさむねさん……起きちゃったんですか」
「気配でな。まさかお前が夜這いを仕掛けて来るとは思わなくて様子を見てた」
「えっじゃあ最初から起き……って言うか、待って夜這い!?」
一体なんの話だと驚きの余り上体を浮かせようとするも両腕を押さえつけられていて起き上がれない。
「Ha、しらばっくれるなよ。こんな夜更けに男の部屋に忍び込む理由なんざひとつだろ」
「誤解です誤解です! 私はサンタとしてプレゼントを持ってきただけで――…!!」
「サンタだ? ……あぁ」
組み敷いた真っ赤な服装を見て私の話を思い出してくれたらしい、……が。
「じゃあ遠慮なく貰う事にするか」
「ぎゃーっ! なんでそうなるんですかっ!!」
改めてのしかかってくる政宗さんをあたふたしながら必死に押し返す。
「お前が言ったんだろ。サンタクロースってのはいい子には欲しい物をくれるんだってな」
「へっ?」
「Ha! とことん鈍いなお前は」
間抜けな声を上げた私に、政宗さんは平生通りの悪戯っぽい口調で、けれど苦笑い交じりに静かに告げた。
「オレが欲しいのはお前だ、小鳩」
は、と言葉の代わりに吐息が漏れる。ぽかんと目と口を大きく開けて間近に迫る美顔を見つめてしまった。
「いくら物珍しいからっていつまでも構やしねぇよ。オレがこんなに気に入った女は、お前だけだ」
だから傍に居ろ。
今更元の時代に戻るなんて言わせねぇ。
いつの間にか真剣な顔で、熱っぽい左眼で射抜かれて、押し返していたはずの腕の力が抜けていく。
だって。だってそんな事言われたら。
どんな形でもいい、傍に居たいって想ってた人にそんな事言われたら。
「返事は“はい”か“Yes”だ」
こちらの気持ちを見透かしたように唇に三日月を浮かべる政宗さんに、私はとうとう観念して頷いた。
(ああ、時代は違っても)(クリスマスに奇跡は起こるんだ)
title : Discolo