「ズルいズルいズルいー!!!」
「ねぇねぇ、柚原さぁん。ちょっとい~い?」
ぞっとした。
…と言うのは失礼な話かもしれないけど、女子が女子に使う猫撫で声と言うのははっきり言って気分のいいものじゃない。
そもそも普段ろくに話もしないグループの子ともなれば、尚更嫌な予感しかしない。
そしてそれは、例に漏れず的中する。
「私さ、今日用事あって早く帰んなきゃいけないんだよね。悪いけど放課後の日直の仕事、変わってくれない?」
にっこり。返事をするより先に“ありがとう”と言わんばかりの笑顔が向けられた。
「柚原さんは別に用事とかないよね?じゃあいいよね」
その笑顔には有無を言わさない何かがあって、話は決定事項として進んでいく。
私はと言えば、よくはないでしょ、なんて突っ込むこともできない小心者で。
あーあ、こんな事ならさっさと帰ればよかった。なんてついてない。
「本当にごめんね~?柚原さんの時には代わりにやるから!」
宜しくね、と元気よく教室を出ていく彼女を見送って、
「――――はぁ……」
これでもかというくらい、大きな溜息を吐いた。
「Ha!そんなに嫌なら断ればいいだろうが」
誰もいないと思っていた教室に嘲笑交じりの声が響いて、私は思わずドアの方へと振り返った。
「だ…伊達!見てたの!?」
「鈴木にもそれくらいの声出して断れば良かっただろ。馬鹿な奴だ」
こっちの問いは綺麗にスルーして、2年越しのクラスメイトはずかずかとこちらに近寄ると、私の近くの机に腰を下ろした。
……一番見られたくない奴に、一番見られたくないところを見られた。
私ってば典型的な内弁慶で、鈴木さんに限らず、余程親しくない限り強く言い返すという事が出来ない。
お陰でよく(一方的な)頼まれ事をされるんだけど、まさかそんな情けない瞬間を片思いの相手に見られるなんて。
……うう、ホントについてない……。
「私だって断ろうとは思ったけどさ。伊達は鈴木さんの怖さを知らないんだよ。すぐ周り巻き込むんだから」
「言っておくが、鈴木はお前の時には忘れてるぜ」
「……わかってるよ」
多分覚えてたとしてもとぼけられるに違いない。
と言うか、前科がある(それだけ使われてる自分もどうかと思うけど)
「このままだとお前、鈴木に良い様に使われるのが落ちだぜ」
いかにも呆れたとばかりに伊達が半眼を向ける。ううう、なんて居心地の悪い…!!
「そもそも八方美人なんだよ。そうやって嫌だと思ってもへらへらしてるから舐められるんだ」
へらへらした覚えも、八方美人を気取った覚えもないわーっ!
……と、またしても言えないので胸中で必死の抗議。
この飲み込む癖は何とかならないものか。
「常に上からの伊達と違って、私はノーと言えない日本人の典型なんですー。仕方ないでしょ」
「Ha、お前の場合Yesも言えないの間違いだろ」
悔しくて皮肉交じりに言った言葉すらあっさり返された。
だけどここで引いてなるものか。認めたことになってしまう。
覚悟を決めて、ぐっと伊達を睨みあげた。
「い、イエスは言えるよ」
「嘘だな。柚原がはっきり言い切ったことなんざ聞いたことがねぇ」
「もー!だったら今後いくらでも聞かせてやるってば!女に二言はないんだから!」
挑発と知りながら半ばやけになって言い返したら、半信半疑の目を向けていた伊達が途端にいつもの勝ち誇った笑みを浮かべた。
「Hum…、だったら聞かせて貰おうじゃねぇか」
どうみても意地悪いその顔に若干逃げ腰になったけど、何とか踏み留まる。
それを知ってか知らずか、追い打ちをかけるように伊達はずいと身を乗り出した。
「今後一切、日直変わるなんて馬鹿な真似、しねぇんだな」
「い、えす…っ」
「よく押し付けられてる掃除当番、あれも断れるんだな」
「~~イエス…!」
「今日の分、鈴木にちゃんと代わりにやれって言えるんだな」
「イエス!」
「それで文句言われても言い返せンだな」
「イエス!!」
「オレと付き合えっつったら付き合えるんだな」
「イエス!!!!」
―――――――あ、れ?
吊り上がった伊達の口角が、一層吊り上がる。
何だかぽんぽんと間髪入れずに返してしまったものの、一番最後の会話がなんだったのか、理解したのはその顔を見た瞬間だった。
「あ、え?……え???」
「OK!しっかり聞いたぜ。当然、女に二言はないんだろ?」
「うええええ?い、いや、ない…とは言ったけど…!」
何が一体どうなっているのか。
混乱に比例してみるみる熱くなる頬を両手で押さえる私を横目に、伊達は机から降りると
「お前のこと、結構前から好きだった」
すれ違い様、ニヤリと笑ってそう告げた。
伊達が教室を出て行った後も、私は呆気に取られたまま、暫くその場から動けなかった。
「ズルいズルいズルいー!!!」
(何だこれ、まんまと嵌められた!!)
Title:はちみつトースト