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そんな顔もするんだね


「遊星、夜食ここに置いとくよー」
「ああ、ありがとう小鳩

お礼を言いながらも、遊星はこちらを一瞥しただけですぐにパソコンへと向き直ってしまった。
この調子じゃせっかく作った暖かいスープも、口にする頃にはすっかり冷えているんだろうと、ひたすら指を動かしている背中を眺める。
ここ数日、遊星はずっとこんな感じだ。むしろ一瞬振り返っただけでもマシな方か。
何でもプログラムに厄介なバグが見つかったとかで、それを直すのに忙しいらしい。
こういう時の彼の集中力と言うのは凄いもので、下手すれば飲まず食わず、睡眠すらろくに取らずにぶっ通しで作業してたりするのだから恐ろしい習性だ。
ジャックもクロウもいつもの事だから放っておけと言っていたが、同居させてもらってる身としてそういう訳にも行かない。
WRGPが終わってからは、このガレージで彼の体の心配をする者は自分しかいないんだから。

彼の意思とは無関係でも、胃の方が音を上げたら力づくでも食事をさせよう。
そう決意しながら半分作業台になっているテーブルへと目をやれば、そこに彼の大事なデッキが置かれている事に気が付いた。
一枚捲れば、遊星の代名詞ともいえるエースモンスター、スターダストドラゴンが姿を見せる。

「お前も、もう何日も呼び出してもらってないねぇ」

ぽつりとカードに話しかけてみるけれど、すっかり集中モードに入っている遊星の耳には届いていない。
カタカタという音が静かなガレージ内に響いているだけだ。

「………寂しいね」

それをいい事に、彼の後姿を見つめて少しだけ本音を零してみる。



みんながそれぞれの目標に向かって旅立って行ったあと、特にこれと言った夢もなかった私は、自分の道を見つけると言う理由でここに残る事にした。
それはもちろん本当だけど、遊星の傍に少しでも長く居たいという下心があった事は認めざるを得ない。
もっとも大人数から2人きりの生活になったところで、遊星の態度が変わるわけもなく。
私も気まずくならない様、相変わらずただの同居人を装うばかりだ。
それでもこんな風に殆ど会話すらない日が続くと、どうしようもなく振り向いてほしい、構って欲しいという欲求が顔を出してしまう。
タイピング音に混じって、匂いに刺激されたであろう彼の胃がくぅ、と控えめな主張したのを聞き逃さず、再び呼びかけた。

「遊星、そろそろご飯食べなよ。体に悪いよ」
「ああ、そうだな……」

全く従うつもりのない生返事に、これ見よがしな溜息を吐く。
彼にとって私は、食事時間をお知らせするアラームみたいな存在に違いない。
大切さを比べれば、デュエルで誰よりも信頼を置かれるこの子――スターダストの方が、私よりも余程上なんだろう。


「あんまり放っておくと、遊星の大好きな子が拗ねて離れていっちゃうよー」


カードをひらひらさせながらふて腐れ気味に声をかけたら、一拍置いた後弾かれた様に振り向いた。
普段感情表現の乏しいその顔に、珍しく焦った様な色が浮かぶ。


「悪い、もう少しで終わりそうなんだ。これが片付いたら、どこか好きな所へ行こう」

「は?」
「……え?」


お互いがお互いの反応にきょとんとする。……好きな所? カードの?
意味が理解出来ず僅かな沈黙が訪れた後、やがて遊星がカードを持つ私の手に視線を移した。
それがスターダストだという事に漸く気が付いたのか、あっと小さく口を開ける。


「―――ッ、そうだな。たまにはデュエルで気分転換してもいいかもしれない」

これまで重かった腰が嘘のように、夜食を置いたテーブルへとさっさと移ると誤魔化す様にスープを口に運び始めた。

「……スープ、まだ熱い?」
「あ、ああ、そうだな。まだかなり熱い」

此方を見ようとしない遊星の顔は、蒸気に当てられてかほんのり赤く染まっていた。
だけどその原因となるはずのスープカップからは、湯気のひとつも見当たらなくて。


――――ああ、これは。
少しは期待しても、いいんだろうか?


「お仕事がんばってね。終わるの、楽しみにしてる!」

それだけ言い捨てて、急いでその場から逃げだした。




そんな顔もするんだね

(さっきまでの不満が、一瞬にして吹っ飛んだ)


title:恋したくなるお題



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