Recless Bet
オレ様は泣く子も黙る盗賊王
盗めないものなど何もない
「でも盗まれるものはあったりしてね」
いつもの様にひと仕事終え、酒場で豪語していたオレに、女が楽しげにそう言った。
いつの間に座ったのか、1人分の間を残し、オレの隣に挑発的な笑みを浮かべている。
滑らかな褐色の肌にプラチナの髪。
一瞬はっとするその美貌を除けば、この辺りじゃそう珍しくもない風貌だ。
「なんだ、テメェは?」
「初めまして、盗賊王。私はティシル。いわば同業者ってところかしらね」
オレが睨みつけているにも関わらず、にっこりと余裕の笑顔を返す。
それが何だか勘に触った。
「オレが何を盗まれるって?」
「そうね、例えば―――……」
一旦言葉を止めると、体を向けたオレの左胸にピタリと指を突き付ける。
「心とか」
「心? ハッ、心だと?!」
予想外の返答にオレは大きく空を仰いだ。
「ヒャーハハハ!!何を言い出すのかと思えば!!」
ここぞとばかりに笑い飛ばしてやるが、女は気にした様子もなくオレを見つめたままだった。
口元には相変わらずの意味深な笑みを貼り付けて。
「……おもしれぇ」
ひとしきり笑った後、ゆっくりと視線を引き戻す。
「ティシルとか言ったな。このオレを落とすって?」
「そうよ、盗賊王。身につけたその全ての物は貴方の物じゃない。だけどその心だけはただひとつ、貴方のもの でしょう?」
貴方から“心”を奪ってあげる。
すうと細めた目がオレを捕らえた。
「おもしれぇ」
再度、呟く。
にやりと口端を吊り上げて、1人分空いた席を詰めてやる。
「やってみろよ。テメェがどれほど名の知れた盗賊かは知らねぇが、……受けて立つぜ」
息がかかるほど近くに顔を寄せると、ティシルの端正な造りが一層際立って見えた。
こんな上玉は滅多にいない。言い寄ってくるのならば当然悪い気もしないってもんだ。
さぁどうする?どうやってオレを落としてみせる?
――――お手並み拝見といこうじゃねぇか。
「チェックメイト」
トン、と額を指で小突かれ、反動で頭が僅か押し戻された。
一体何をされたのかと、額を押さえて相手を見返す。
ティシルは一度座り直すようにして距離を取ると、カウンターへともたれかかった。
「案外呆気ないのね。…貴方の負けよ」
「…どういう事だ」
凄みを利かせて問うと、ティシルからはクス、と言う小さな嘲笑だけが漏れた。
それからようやく、種明かしとでも言うように口を開く。
「貴方は私に興味を持った。私に心を奪われることを期待した。……その時点で既に貴方の心は私の手中にあると思わない?」
「なんだと」
低く唸るものの、その言葉は認めざるを得ない。
屁理屈だと吐き捨ててやりたいが、こいつに語られるより先に勝負の意図に気付いていた自分がいる。
媚びて来るのか、それとも罠を仕掛けて誘ってくるのか。
こいつの出方を楽しみに待っていたのは、紛れもない事実。
オレは悔し紛れに舌打ちをした。
まんまとやられた。受けたことで勝負が決まる。
なぜならこれは、オレの負けでしか終わることのない、永遠に続くゲームだからだ。
「とんだバーベットだな」
「あら、騙される方が悪いのよ」
「……違いねぇ」
皮肉も忘れて、三日月を模るその唇に目を奪われる。
立ち上がったティシルの腕を素早く掴むと、まだ何か用があるのかとばかりに斜めにオレを見下した。
「よう、もうひと勝負しねぇか」
「手応えのない盗賊王に、私はもう興味はないわ」
「言ってくれるじゃねぇか」
妖艶な笑みをそのままに、やんわりとオレの手を振り払うとその身を翻す。
「このままじゃ終わらせねぇ」
薄い笑いを口元に、オレは後姿にそう告げた。
オレ様は盗賊王。
狙った獲物は、必ずこの手で奪ってみせる。
逃げることは許さない。
お前はもう、――――――オレのもの。