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キスがその答え


好きな人が出来ると、その人のことを知りたくなる。
この人だったらこんな時どうするか、なんてことを考えるのも楽しくて。
今正にそんな恋する乙女の私が気になっているのは、

「……柚原
「は、はいっ!?」

不意に愛しい低音に呼ばれて思わず肩が跳ね上がった。

「そんなに見られると食べ難い」
「あああ! ごめんね常闇くん! ガン見してるつもりはなかったんだけど!!」


思考がどこかへ旅立っている間、私の視線は目の前の彼に釘付けだったらしい。
運良く夕飯時に常闇くんの正面を勝ち取れたというのに、お話もせず何ともボケっとした顔を見せてたものである。
こう、ちらっちらっと盗み見る予定だったのに、うっかり欲望に任せて見惚れてしまった。
だって今日もかっこいいんだもん。
夜に溶け込みそうな黒々とした艶やかな毛に切れ長の瞳、鋭い嘴、クールな表情。
そして涎を垂らさんばかりに見つめてたクラスメイトに対しても常に崩さないこの冷静な対応。
彼に対してはイケメンって軽い感じより男前って重みある言い方で表したいこの心境、誰か共感してほしい。

「割と毎回柚原からは強い視線を感じるがな」
「えっ! うそ!」
「その証拠に多少席が離れていようと大体目が合うだろう」
「……そう言われれば……」


教室だろうと食堂だろうと、見つめて暫く経つとかなりの高確率でちらりと彼は振り返る。
目が合うのはほんの一瞬だし、特にその後会話になる事ばかりでもないから「きゃあ目が合っちゃったラッキー」なんて浮かれてた私、本格的におめでたいな!?
て言うよりこれストーカー扱いされないだろうか。気持ち悪い奴とか思われてない? 大丈夫?

「別に不快ではないから構わないが」
「そうなの!?」
「ああ。だからさっさと食べたらどうだ? ここに残っているのは俺と柚原位だぞ」

ゆったりと湯飲みを傾ける常闇くんの言葉に我に返って周りを見回すと、確かに騒がしかった食堂はいつの間にか静まり返っていた。
私は一体どれだけ常闇くんに見とれてたんだ。
取り合えず嫌悪も追及もされなかった事にほっとしながら、数口で止まっていた食事を慌てて再開した。
食後のお茶を楽しんでいるように装ってるけど、彼はきっと待っていてくれている。


「それで、俺の何がそんなに柚原の興味を引いた?」
「ごふっ」

まさかの時間差追及に思わずむせ返る。

「ここ数日は特に食事中に集中していた。何か気になる事でもあったか?」

待って意外とチェックされてない?
別に気になる事なんて……とか何とか言い訳が口から滑り出す前に、常闇くんが不意に私の横の席へと移動した。
さあ聞こうと言わんばかりの無言の圧力に閉口する。

「言い難いことなのか?」
「……かなり」

うん、いや、常闇くんのことを好きって言うのは多分ばれてる。……から、それはいい。
何ならこれをチャンスと捉えて告白してもいいくらいだ。
そう思ってちらりと見れば、とてもじゃないけどそんな雰囲気ではなかった。
向けられた半眼は正直に言うまで逃がすまいとする捕食者のそれで、反射的に目の前の皿へと向き直る。
ここ数日頭を占めていた事を本人に話すのかと思ったら、それはもう勢いよく顔に熱が集まった。
だって好きとかカッコいいとかそういう可愛い乙女部分を超えて、何ていうかちょっと踏み込んでしまった段階の妄想って言うか……あああああ!


「とっ……常闇くんてお箸とかスプーンとか、こう、口の横から入れて食べるでしょ……?」

それでも結局は観念して口を割るのだから、これはもう惚れた弱み。それ以外にない。
ちょっと予想外だったのかぱちりと瞬きをした後、ああそうだなと常闇くんがひとつ頷いた。

「嘴の先が曲がっているからな。皆の様に使うと箸に当たって食べ辛いんだ。……それが気になったのか?」
「あ、いや、食べ方がって言うか、何ていうかその……、……ッ」


羞恥心からか視界がぐるぐる定まらない。これ言うの? 本当に言うの? ひかない?
どうしたと隣から促されて、真っ赤になっているだろう顔を彼から隠すように両手で覆った。


「きっ、……キスの時はどうするのかなって思って……ッ!」


うわあああ言ってしまった!! 恥ずかしい!!
隣からは明らかに動揺したであろう「な……!?」という呻きと体の硬直が空気で伝わってきた。
ひいた。これ絶対引いた。
だって仕方ないじゃないか。気になったんだもの。彼と付き合ったらっていう乙女の妄想の延長だよ!
数分と経たないはずの沈黙の時間がとにかく長く感じて、この後何を言われるのかという恐怖から顔を抑えていた手を耳の方へとスライドさせた。
……が、その手が捕まれる。

「……柚原
「へ? ――んっ……!」


呼ばれた方へと顔を向けた途端、唇に硬質な何かが当たった。
こつん、と。薄っすら口を開けていたせいで歯にも当たったのかもしれない。


「んっ!? ……んぅ、うぶ、ぷわっ!! なっ、なに!?」


どこかリズミカルに、つつくような押し当てられるような啄むような――触れ方は割とソフトなのに押し寄せてくる圧力に驚いて思わず目を瞑って顔を背けた。
なに!? 一体何が起きたの!?
訳も分からず上がった息を整えていると、くつくつと静かな笑い声が響いた。

「……随分と色気のない声だな、柚原
「だ、だってびっくりして」
「バードキスと言うのはこういう物だ。覚えておくといい」
「え? バード……」


――キス。


言われて初めてさっき触れた硬質な何かが目の前の彼の唇……もとい、嘴なんだと気が付いた。今更ながらに口元を両手で覆う。
そして更に遅れて顔が沸騰しそうなくらい熱くなる。



「謎は解けたか?」

口元を覆ったままこくこくとただ小刻みに頷く私に、余裕気に口角を上げていた常闇くんがやがてゆっくりと視線を逸らした。
そしてひとつ咳ばらいをすると「あー、その……」と彼にしては珍しく口籠る。

「順番が逆になってしまったが、……柚原も俺と同じ気持ちだ、と確信していいだろうか」

心なしか黒々とした毛で覆われた目元が赤みを帯びている気がして思わず盗み見ていると、改めて此方へ向けた鋭い視線とぶつかった。

「お、同じって」
「お前が好きだ、という事だ」

真っ直ぐ告げられた言葉に今度はぶんぶんと大きく首を縦に振る。

「同じ! 同じです! だからあの、常闇くん……!」

何だと首を傾げる彼に、私は恥も外聞も捨てて口を手で覆ったまま小さく叫んだ。


「もう1回、お願いします……っ」



キスがその答え

(い、意外と大胆なんだな)(だって驚きすぎてよくわかんなかった……!)


2020/10/22



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