上手なチョコの渡し方
「……柚原……」
「……はい」
心底呆れながらも名前を呼べば、上げられずにいた視線を更に下げて消え入りそうな返事をする。
「昨日わざわざ言った筈だがな。聞いてなかったのか?」
「すみません……。わ、忘れてました……」
これ見よがしな大きなため息を吐いてから、項垂れる彼女の鞄から丁寧にラッピングされた箱を取り上げた。
途端に周りから「あ~……」と落胆に似た声が漏れる。
「没収だ。放課後取りに来い」
「は、はい…」
見るからにしょんぼりと肩を落とした辺り、しっかり反省はしているんだろう。
ラッピングを崩さない様に一応気を付けてやりながら、取り上げたそれをポケットへと収めた。
元々柚原は真面目で素直な問題の少ない生徒だ。
本人が言った通り、本当に頭から抜け落ちていたんだろう。
とは言え規則は規則だ。すぐにこれ――――バレンタインチョコを返してやるわけにはいかないんだが。
そもそも昨日の時点で忠告してある。朝持ち物検査をするから鞄や机の中に入れておくなと。
今年から雄英ではバレンタインにチョコの持ち込みを禁止している。
この日は特に男女共に浮足立って授業に集中を欠く奴が多かったためだ。
まぁ1人や2人は隠し持っていそうだとは思ったが、まさかこんなに堂々と鞄に入れたままにしておくとは。
柚原と言うのも意外だった。奥手に見えても花の10代、恋する年頃って事なんだろう。
恥ずかしさからか耳まで赤くした柚原を目の端で眺めて、何となく複雑な気持ちで教卓についた。
さて放課後。すぐに声がかかると思いきや唯一の没収相手である柚原がなかなか姿を見せない。
「……まさか忘れてんのか?」
仕方なく教室へ届けに向かえば、その途中の昇降口で目的の人物を見つけた。
朝あれだけ反省した顔をしてたのに、妙に清々しく帰ろうとしている辺り最近の奴はどうなってるんだ。
どうしても今日渡したいから持ってきたんじゃないのか?
「おい、柚原。忘れもんだぞ」
「あ、先生。すみません、もしかして探してくれてました?」
「お前が取りに来ないからな」
ほら、と預かっていたチョコをポケットから取り出し差し出してやる。
一応気を使っていただけあってラッピングは特に崩れていなかった。これなら渡せるだろう。
そう思っていたのに、じっとそれを見つめるだけで一向に受け取ろうと言う気配がない。
「おい?」
「……返してくれなくていいです、それ」
「あ?」
「相澤先生にあげるつもりで持ってきたんです」
薄らと頬を染めてちらりと視線だけ此方へ向けた。
「色々考えたんですけど、これがきっと一番自然に渡せるんじゃないかと思って……」
「……お前、じゃあわざと……」
まさかの大胆な手段に思わず絶句すると、柚原の唇が僅かに悪戯っぽく緩い孤を描いた。
上手なチョコの渡し方
(ね、先生。合理的でしょ?)
2018/04/25