サラリと言わないで欲しい
さてこのタッパーの中身をどうしよう。
本日4時間目は調理実習だった。メニューはがっつりごはん系。
時間も時間だし、これ幸いとお弁当を持ってこなかったと言うのに見事に当てが外れた。
「こら柚原。前見て前」
「あ、菅原。びっくりしたぁ」
「それはこっちのセリフ。なんか考えてるなとは思ったけど、真っ直ぐぶつかりに来るんだもんな~」
名前に反応して足を止め顔を上げれば、あと数歩の距離に菅原の苦笑いがあった。
どうやらこの失敗作の処理を考えてるうちに、隣の4組まで来てたらしい。
慌ててちょっと距離を取ると、ごめんと顔の前まで片手をあげた。
「いい匂いするなぁ。もしかして調理実習だった?」
「そう。ちょうど時間的に食欲をそそるでしょ」
「うん、ヤバい。すっげぇ腹減ってきた」
そう言ってお腹の辺りを摩って笑う。うーん、残念。これが美味しくできてればお裾分けも出来たのに。
ちらりと彼の手元を見れば、売店帰りなのか菓子パンを抱えていた。
運動部の男の子ともなれば、やっぱりお弁当だけじゃ足りないんだろう。
去年同じクラスになった時、見た目に反して結構な量を平らげてたのを覚えてる。
菅原は運動部にしては細いし、その柔和な雰囲気もあってたくさん食べる様には見えなかったから驚いた。
「柚原、これから昼飯だろ? 一緒に食わない?」
「え、いいけど……先に売店行かないと私のお昼がないよ」
「それは? てっきりそれ食べるのかと思ってた」
きょとんとタッパーを指さす菅原から、「これは……」とそっとを目逸らす。
「さっきから気になってたんだよ。この匂いって麻婆豆腐だろ?」
「えっ、いい鼻してるね。でもとても食べられる代物じゃないよ」
「なんか失敗したの?」
「……した。小さじ1、2杯でいい豆板醤を瓶半分位ぶち撒けた……」
もはや呆れてるだろう菅原の顔が見れない。
言い訳をさせてもらうと、あれは事故だった。
何故なら私は辛いのは苦手で、ちょっとレシピより少なめにしようと思っていたんだから。
なのにいざ入れようとした途端、瓶が手から滑って鍋にダイブしたのだ。綺麗に逆さまになって。
慌てて拾い上げたけど中身は、既に半分以上鍋に消えていた。
出来上がりをみんなで一口ずつ食べてみたけど、そりゃもうとんでもない辛さで食べれたものじゃなく、かといって捨てようにも先生が許してくれなかったので、仕方なく私が責任を取る事になったのだ。
「あはは! それでそんな途方に暮れた顔してたんだ?」
「笑い事じゃないよ。ほんっっっとに辛いんだよこれ!」
家に持ち帰って捨てるにしても、親にどんな文句を言われる事か。
膨れっ面で抗議してやると、対する菅原は相変わらずの爽やか笑顔を絶やさぬまま「じゃあさ、」と自分の持っていた菓子パンを顔の辺りまで持ち上げた。
「柚原、このパン好き?」
「え? メロンパン? 好きだよ」
「それじゃこれと、柚原の麻婆豆腐交換するべ」
「はぁ!? 正気!? これ、だからこれすっごい辛いんだって!!」
唐突に何を言い出すのかと慌てて首を横に振る。
優しい菅原の事だ。きっと可哀想に思っての助け舟だろうけど、これは本当にシャレにならない。
菅原を護ろうと必死に断る私の手から、ハイハイなんて軽い返事をして激辛麻婆をひょいと取り上げた。
「大丈夫だって。俺、激辛だいっ好きだから」
菅原に連れられて食堂の一角で向かい合うと、レンジを借り再加熱した激辛麻婆を菅原の前に差し出した。
私は交換してもらったメロンパンと、ペットボトルの紅茶。
そのどちらも口をつけずに、ハラハラしながら大口でご飯と麻婆を頬張る菅原を見守ってしまった。
「柚原……そんなに見られてると食べ辛いんだけど」
「えっ、ごめん! だって心配でさ。辛いでしょ? 無理しないでいいから残してね」
「平気だって。激辛好きだって言ったべ? これ、すっげー美味いと思う」
にかっと笑う菅原は、確かに無理をしてる様にも嘘を言ってる様にも見えない。
甘党ですと言っても信じそうな顔してるのに、ぱくぱくと激辛麻婆を口に運ぶ姿は本当に満足そうだ。
「菅原が辛党とか、ちょっと意外。そんなに好きなんだ?」
「うん、好きだよ。特にこの麻婆豆腐の激辛が好きなんだよな」
「へぇー。道理で嬉しそうな顔して食べるはずだ」
漸く安心して紅茶を飲みながらそう言うと、菅原は一瞬きょとんと此方を見返した。
「嬉しそう?」
「うん、何かさっきからにこにこしてる」
「……あー、そりゃちょっとラッキーだなって思ってたから」
「思いがけず好物食べれて?」
「そうそう。誕生日に好物を好きな子に作ってもらえるなんて、なかなかの誕プレだなぁって」
「……っ!? ごふっ、げほごほっ!」
「うわっ、柚原大丈夫か!?」
大丈夫じゃない、全ッ然大丈夫じゃない!
妙な所に入り込んでしまったらしい紅茶に苦しみながら、涙目で菅原を見上げる。
「な、なに? 誕生日? ……え?」
「そう、今日俺の誕生日。せっかくだから、おめでとうも言ってくれるともっと嬉しいんだけどな」
結構な量の激辛麻婆をあっさり片付けて、菅原がどこか悪戯っぽい笑顔を向けた。
サラリと言わないで欲しい
(ちょっと待って顔が熱い)(聞き間違いじゃ、ないよね?)
title:恋したくなるお題