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待つことが、恋でした



「面ッ!」


宣言通りに竹刀が叩き込まれ、道場内にひときわ大きな音が響いた。

「……これで今日は10本取ったけど。どうすんの? まだ続ける?」

面の紐を解きながら振り返ると、既に素顔を晒した山本がへらりと笑った。
打たれた勢いに押されたんだろう、尻餅をついた体制からゆっくりと起き上がる。

「いや、サンキュ。いつも悪いな柚原。疲れてるとこ付き合ってもらって」
「平気だよ。私だって相手いた方が稽古になるし」

剣道部はいつも規定時間通りに終わるから、若干物足りなくて残って自主トレと言うのが入部当時からの私の日課だ。
そこにこの野球バ……もとい野球しか興味なかった山本が、先月以来相手してくれと乗り込んでくるから、そりゃもう最初はびっくりしたものだけど。
何で剣道始めたのか聞いても「必要に応じてっつーか?」なんてらしくもなく曖昧に誤魔化すから、こっちもそれ以上突っ込まなかった。
護身術代わりって意味なら、確かに最近の山本は怪我が多いから納得できる気がする。
それも沢田や獄寺とつるむ様になってからだ。
何をやってるのかしらないけど、たまに揃って学校を休んでは傷を作ってくる時だってある。


「しっかし柚原強いよな~。オレまだ1本も取れてないしさ」
「そりゃこれでも有段者だし。てかさ、山本のって剣道じゃないよね」

お礼にと奢ってくれた缶ジュースを遠慮なく煽りながら、気になってたことまで言ってしまった。
山本との勝負は全勝とは言え、剣道の試合ルールに助けられてるんじゃないかと思うことも多い。
ふと顔を上げると、山本はちょっと驚いた顔をしていた。それから、

「ああ、オレの剣は人殺しの剣らしいから剣道とはちょっと違うのかもなー」

時雨蒼燕流って言うんだ、なんて物騒なことをさらりと口にする。

「……よくわかんないけど(聞いたこともないし)、それ私に言ってもいいの?」
「んー……まぁいいんじゃね? ツナ達を除けば柚原だけだし」

にかっ! なんて。ぜ、絶対深く考えてない笑顔だ、こいつ……!
でも自分だけだといわれると悪い気はしない。多分稽古に付き合ってくれるからって意味だろうけど。


「でも違うなら私と打ち合っても意味ないんじゃないの」
「そんなことねーって。同じクラスに柚原みたいな強い奴いてホント助かってんだから」
「まぁいーけど……。いきなり熱心に練習し始めたのは何かあるの?」
「んー……」

残り少なくなった缶の中身を確かめるように揺らしながら、山本が生返事を返す。
答えを促すようにもう一度名前を呼ぶと、ようやく口を開いた。

「わかんねぇ。……けど、何となく今やるだけやっとかなきゃいけない気がするんだ」
「何それ。動物的直感みたい」
「ははっ。そーかもな」

ちょっとだけ真面目な顔をされたのが落ち着かなくて、思わず誤魔化してしまった。
山本もすぐいつものからっとした笑顔を見せる。
遅いしそろそろ帰るかと、2人分の飲み終わった缶を片付けてくれたから、私も着替えようと部室の方へ向きを変えた。
それからすぐ。

柚原

背中越しに名前を呼ばれて振り返ると、さっき以上に真剣な目の山本がいた。

「な、なに?」
「あー……。いや、やっぱいいや」

なんなんだ! この一瞬の緊張を返せ!
はっきりしない山本にそう怒鳴ってやろうかと思ったら、悪いと笑顔で先手を打たれてしまった。
どうもこの笑顔には弱い。力が抜けるというかなんというか。
毒気を抜かれてる私には気付きもせず、当人は一層その笑顔に爽やかさを増す。


「やっぱ負けっぱなしじゃカッコつかねぇし、1本取ったら言うことにする!」


よくわからない宣言をしたと思ったら、じゃあまた月曜な!とさっさと道場を出て行ってしまった。
結局なんだったのか、腑に落ちないまま私もその日は帰ることにした。




月曜日、沢田と獄寺は学校を休んだ。
山本も、休んだ。

このパターンは初めてじゃないけど、今度は何故か不安で仕方なかった。
多分この1ヵ月で、私にもひとつ伝えたい気持ちが生まれたからだろう。
そんなことに今更、気付く。

「どこで何やってんだか、あの野球バカ……」

早々に自主トレを切り上げて、しんとした中でひとり呟く。


―――負けっぱなしじゃカッコつかねぇし、1本取ったら言うことにする!


あの時何を言いたかったかは知らないけど、次に手合わせしたらきっと取られるんだろうと何となく悟った。
それが待ち遠しくて、少しだけ怖い。


山本の来ない剣道道場は静かで、そしていつの間にか落ち着かない空間になっていた。




 
待つことが、恋でした




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