そう思ってくれていい
教室へ入りかけた甲斐谷が、ふと足を止めて廊下を振り返った。
そこにはそりゃもう可愛らしい女の子が居て、楽しげにちょっと話した後ようやく自分の席――私の隣へと戻ってきた。
他の男子だったら余韻で未だ鼻の下を伸ばしていてもおかしくないだろう美少女だったのに、この甲斐谷はいつも通りしれっとした表情のまま。
それをもやもやしながら眺めていた私は、机に頬杖をついたまま思わず聞いてしまった。
「ねー甲斐谷。今の超可愛い子、誰?」
「ん? ……ああ、チアの相内さん。って相手2年だぞ。子って言い方はないだろ」
だって可愛いんだもん。そう言ったらちょっと呆れ顔をされた。
相内さんかー。聞いた名前だと思ったら、確かミス西部だよね。可愛いはずだ。
学年の違う甲斐谷にわざわざ声をかけに来るなんて、もしかして相内さんて甲斐谷が好きなんだろうか。
でも今の態度からして、甲斐谷の方はさっぱり興味がなさそうだ。
「うーん……」
「何唸ってるんだ? 柚原」
「甲斐谷の彼女像が想像できない……」
「はあ?」
私の呟きに甲斐谷が何言い出すんだとばかりに露骨に眉を顰める。
それに対して、だって~と頬杖を突いていた両腕を投げ出してぱたんと机に倒れこんだ。
「この前も美人の先輩に告られてなかった? ミス西部にもちっともなびかないし、甲斐谷の好みが全然わかんないんだけど」
そう言えばあの時も、呼び出された甲斐谷を胸中穏やかじゃなく見送ったっけ。
とりあえず有り難いことに面食いでない事はわかった気がする。
「別に好きな奴と好みのタイプがイコールとは限らないだろ。何だよいきなり?」
「ちょっと気になっちゃっただけだよ」
「……ふーん。気になったのか」
それまで怪訝そうだった甲斐谷の口端が、少しだけ持ち上がる。
「何よぅ」
「何でも」
嘘だ。何か言いたげだったくせに。
不満満載の私の視線をあっさりスルーして、甲斐谷はさっさと次の授業の準備を始めた。
その甲斐谷を、もう始業チャイムも鳴るんじゃないかって時間なのにまたしても廊下から呼ぶ声がする。
こーの人気者め。……とか思ったら今度は同じアメフト部員だったけど。
再び立ち上がるその背中を見送ろうと突っ伏した上体を起こしたら、ふいに甲斐谷が肩越しに振り返った。
「柚原、そんなに気になるなら簡単に想像できる方法教えてやるよ」
「え? うん、なになに?」
「柚原が彼女になればいい」
「へ?」
「そしたら考える必要もないだろ?」
今度こそはっきり浮かんだ口元の笑みを、私はただただぽかんと眺めてしまった。
「え、いや、そりゃそうだけど、それって、……え?」
こんな期待させる冗談言う奴じゃない。だけどこんなの、あまりに都合が良すぎませんか。
ひたすら混乱して言葉もままならない私に、甲斐谷がとうとう小さく吹き出した。