なんて単純なんだろう
「ンハッ!やっぱ柚原ってでかいよな!」
「……は?」
「お、おい水町!」
今日提出期限のプリントが出ていないと部活に向かう水町達を廊下で捕まえたら、何故かコンプレックスへの不意打ち攻撃を食らった。
でかいと言う禁句への条件反射で、ぴしりと音を立てて私の額に怒筋が浮かぶ。
その不穏な気配を感じ取ったのか、隣で筧が焦った声を上げたけど、デリカシーのない水町はそれにも気付かずへらへらと暴言を続けた。
「さっきまで鈴木がいたからさー、直後に柚原見るとすっげでっかく見えるんだよね」
「……そりゃ鈴木ちゃんが小さいからでしょ」
「そーそー。それに柚原逞しいから、鈴木と一回り以上違ってみえるっつーか」
「おい、いい加減にしろ水町!」
筧にどんと胸を叩かれて、ようやく水町は何かまずかったのかと目をきょろきょろさせた。
この無神経男め。隣で筧が頭抱えてるのが見えないか!
――175cm。順調に伸び続けたこの身長は、どれだけバスケ部で大活躍しようと私にとってはマイナス要素以外の何物でもない。
加えてこの部活で鍛えられた健康体そのものの体格。
小学校の頃からでかいだの男みたいだの言われ続けて、傷付かない乙女がいるものか。
ましてや華奢で小さい(150cmとか言ってたっけ?)の鈴木ちゃんと比べられたら、そりゃもう月とすっぽん…いやいやイメージで言うなら兎と恐竜くらいの差がつくってもんだろう。
悔しいやら恥ずかしいやらで唇を噛み締める私に、水町は一向に気付いた様子なくけろりと口を開いた。
「そういや俺になんか用だった?」
「あんただけ数学のプリント出てないって言いにきたんだ、このバカ!」
「うっ!?」
「(固っ!?)……っ、日直の私が怒られるんだから、部活行く前に出してってよね!」
あまりに頭にきて水町の腹を殴ってやったら、予想以上に鍛えられてたらしくこっちの手首がぐきんと音を立てた。
くそうこいつ、どこまでも腹の立つ……!
痛いというのも悔しくて、顔に出さないように捨て台詞を吐いたあと教室へと逃げ込んだ。
廊下で筧が今すぐ出して来いと強く言っているのが聞こえる。
ああ、ホントに筧っていい奴だよね……なんてしみじみ。
その筧が、小さくなっていく水町の足音が聞こえなくなって間もなくこちらに顔へ覗かせた。
そのまま真っ直ぐに窓際の私のところまで歩いてくると、悪かったな、と申し訳なさそうに眉を下げる。
「水町も悪気があるわけじゃねぇんだ」
「わかってるよ(水町がバカなことくらい)。大体筧が謝る事じゃないでしょ」
「いや、そうなんだけどよ……」
チームメイトが起こした不祥事(ってほどでも無いけど)は、真面目な筧には気になるのかもしれない。
自分の事でもないのに罪悪感を感じている姿が何だか不憫に見えてきた。
「いいよ、どうせ本当の事だし。ましてや鈴木ちゃんと比べられたんじゃ言い返せないわ」
「そんな事ねぇよ」
「あるある。あーあ、あれだけ小さくて可愛い女の子に生まれたかったな」
そしたらきっともっと女の子らしく育ってたに違いない。
思わず苦笑交じりに吐き出したら、筧の大きな手がふいに私の頭に乗った。
「……水町の言った事、気にするなよ。俺にとってはお前だって“小さくて可愛い子”なんだからよ」
一度だけ、くしゃりと私の髪をかき混ぜていく。
殆ど同じ身長かそれ以下の男子としか関わった事のない私にとって、頭を撫でられるなんて初めての事で、何だか頭よりも心がくすぐったく感じた。
そうか、筧からしたら私だって小さい部類に入るのか…なんて頭ひとつ分高い彼をちらりと見上げた。
「……えっと。柄じゃないけど…ありがと、筧」
「言っとくけど、世辞や社交辞令じゃないからな」
「え?」
被せる様に言われて、気恥ずかしさからすぐに落とした視線を再び上げる。
「俺、そういうの好きじゃねぇよ。……本気で、柚原を可愛いと思ってる」
ぽかんと口を開けたまま固まってしまった私は、きっとこれまでになく間抜けだったに違いない。
「嘘じゃねぇよ。……手首、ちゃんと冷やしとけよ」
ダメ押しにもう1度言うと、筧はそのまま教室を出て部活へと走っていってしまった。
やがて水町がばたばたと教室に戻り、私の茹で上がった顔を指摘するまで。
教室に取り残されたまま、そこから一歩も動けなかった。
なんて単純なんだろう
(筧がそう思ってくれるなら)(この身長も悪くない、なんて)
title:はちみつトースト