空から降ってきたのは
※冒頭を書きたかっただけなので続きません。EDもありません。
各プロローグで終わりますので、もやっとしそうな方はお避け下さい。
月の上り始めた空に、それとは違うまばゆい光が走った。
丁度庭で槍を振るっていた幸村は、続いた轟音に手を止めて空を見上げた。
「雷か…」
今日は朝から天気がよかった。今も雲こそ多いものの、姿を見せた月が隠れきらずに浮かんでいる。
稲光だけが繰り返し走る空に、幸村は思わず首を傾げた。
「旦那。今日はもう切り上げたほうがいいんじゃない? 雨が降るかもよ」
同じく音と光に気付いた佐助が中に入るように促すが、幸村はうむ、という生返事だけをしただけで、相変わらず目は光を追っていた。
「なんか、気になる?」
動かない主人に痺れを切らしたのか、佐助もいつの間にか隣に並んで空を見上げていた。
「いや、どうにも落ち着かぬものだと思ってな」
「おかしな天気だしね。空気も乾いてるし、こりゃ雨も降りそうにないな」
雷といえば雨がつき物だが、そんな気配は全く感じられない。
だからだろうか、どことなく落ち着かないのは。
(不思議だ。……何故だか、心が躍る)
見ているとまるで出陣前のような、誰かを待っているような、そんなそわそわとした気分になり、幸村は隣へ目をやった。
すぐに視線に気付いた佐助が此方を振り向くが、少しばかり目を丸くした所を見ると、恐らく同じような感覚を受けたに違いない。
佐助は肩を竦めると、小さく苦笑いを返した。
「……どうも……妙な気分だね、旦那」
空を、再び光が割った。
***
「アニキ、船はしっかり泊めときました」
「おう、いつ嵐が来ても平気なようにしとけよ」
元親の言葉に、部下達がいつもの様にへい!と威勢のいい声を返した。
その声が今日は少しだけ小さく聞こえるのは、空を更なる大声で駆け回る稲妻の所為だろう。
元親は小さく舌打ちすると、先程から突然荒れ始めた瀬戸内の空を見上げた。
「なんだってんだ、全く……」
今日は快晴。正に航海日和といった気持ちのいい一日だったはずだ。
それが何故か今、月明かりを残したまま激しい稲光が空を駆けている。
それさえなければいつもと同じ夜の海だ。妙な天気もあるものだと元親は思わず首を捻った。
こういった奇妙な天気は何となく不吉な感じがして、あまり好ましいものではないのだが。
「今日は特に嫌な感じはしねぇな……」
それ所か、やけに目を奪われる。
今にも何かが起こりそうで、そしてその“何か”を心待ちにしている自分がいる。
(なんだってんだ、このくすぐったい様な気持ちはよ)
部下達が根城としている砦へ続々と戻っていく中、元親だけはその光る空を見上げていた。
***
激しい光と音を繰り返す空を見上げて、奥州筆頭はヒュウと口笛を吹いた。
「こりゃ今日は激しいdateになりそうだな」
「……何のことです?」
主人の楽しげな声音に、小十郎は僅かに首を傾げる。
「知らねぇのか、小十郎。今日は七夕、織姫と彦星の年に一度の逢瀬の日なのさ」
「七夕……ですか」
空を見合げて始まった事から察するに、星か何かに関する物語的なものなのだろうと小十郎はあたりをつけた。
天下を目指しながらも外の世界へと目を向けている政宗だ。南蛮の御伽噺などを知っていてもおかしくはない。
特に内容を話し同意を得るつもりもないのか、政宗は楽しげに空を見上げる。
「雨こそ降らねぇが、こうも空が暴れてちゃ天の川を渡れずに落ちてきそうだな」
「どちらが、ですか」
「どっちでも面白そうだが、どうせなら織姫だな。違う世界の女ってのに興味がある」
「政宗様のお気に召す女ならば、是非この小十郎もお目にかかりたいものですな」
天下という目的があるものの、未だ正室すら取らない主人に皮肉交じりで小十郎が返す。
その内見合い話でも持ち込んできそうな家臣に、政宗は思わず苦笑した。
「今日ぐらいromanticな気分に浸らせろ、小十郎」
何となく気分がいいんだ。
そう言って再び空に視線を戻す政宗の目は妙に楽しげで、小十郎は口を噤むと同じように荒れ狂う空を見上げた。
***
それから間もなくの事だった。
一際激しい稲光が空を走り、割れんばかりの雷鳴があたりを覆った。
息が止まるほどの圧迫感と眩しさで、誰もが反射的に自身を庇う。
(――落ちた! 恐らくは、すぐ近くに……!)
ゴロゴロと唸るような音を最後に、空は驚くほどの平穏を取り戻していく。
ようやく瞼の向こうの雷光が収まり、ゆっくりと開けた目を、今度は思わず見開いた。
「……う、」
目の前に、見知らぬ誰かが横たわっている。
見たこともない服を着たまだ年若いその娘は、のろのろと体を起こすなり辺りを見回した。
やがて此方に気付くと、散々目を瞬かせた後、迷ったように恐る恐る口を開く。
「……あの、ごめんなさい。ここ、どこですか……?」
空から降ってきたのは
(自分自身が変わり行く、確信)
title:はちみつトースト